薄暗い照明の中陽気なジャズ調の曲が流れている酒屋でオビは1人酒を飲んでいた。
もう鼻に付くほど木の匂いもしない古い机の上には空になった酒瓶が4本、それに辛い物が好きなオビらしいつまみがいくつか。1人客ならばカウンター前席に座るであろう所を彼は2人が向かい合って座る様に作られたボックス席に座っている。


「オビはお酒は飲むけど煙草は吸わないよね、………かぁ」


今は夜中。ゼン達はとっくのとうに寝ている時間帯。そんな時に先程白雪を部屋まで送って行った時の会話を思い出していた。
酒の入った小さなコップの水面にはオビの顔が映っていて、薄茶色の光の加減で色が変わる不安定な液体をオビは喉に流し込む。


「………別に煙草が嫌い、って訳じゃあ無いんだけどね」
「匂いついちゃうもんね」
「そうそう。…………って!?」


店の隅っこで哀愁漂わすオビには誰も近付いて来ない筈であり、独り言のつもりだったのに返事が返ってきた事にオビは目を見開きながら声のした自分の背後を向く。


「やっほぅ。オビさんこんな隅っこで何寂しく飲んでんの?」


右手を軽やかに上げながらユウはオビの空いていた向かいの席に座る。
オビが気付かなかった事に少しばかり首を傾げていたがどうでも良さそうにユウは店員にお酒を頼んでいた。常日頃のオビならば彼女の存在に気付けていたであろう。それ程までにオビは無気力に酒を飲んでいた。


「いや、ユウ嬢。俺1人で飲んでるんだけど」


店員が居なくなったタイミングに合わせてオビは酒を新しく注ぎながら告げる。
ユウは我慢が出来なかったのかオビのつまみを器用に指先で摘み口に運んでいた。少し咀嚼したが直ぐに喉元が動いて呑み込む。


「ボックス席に座ってる時点で誰かと待ち合わせ、はたまたナンパ待ちってのが常識だろ、おーけー?」
「待ち合わせとか思わない訳?」


呆れながらもオビはユウをこの場から退かそうともしない。そんなオビの様子にご機嫌になりながらもう一口つまみを摘む。オビはただ自分のつまみが減っていくのを何も言わずに眺めてる。


「いや?だってほら、直ぐに返さないし待ち合わせじゃないんでしょ?……それにこんな時間だし」


目だけを使って近くにある時計を一瞥しながら言う。丁度ユウが頼んだ酒が先程の店員の手によって運ばれて来た。


「んで?煙草の話でしょ。何があったの」


またつまみに手を伸ばしたのでオビは呆れながらお箸を渡す。ユウは「どうも〜」なんて軽い様子でオビからお箸を受け取りまた口に運ぶ。つまみを取る事を何とも思ってない様だった。


「いや、お嬢さんに。煙草吸わないよね、って」
「なんだ、それか。聞いてた聞いてた」
「……はい?」


悪びれる様子もなく先程からオビの独り言を聞いてた事をさらりと零す。
流石のオビも口元を引きつらせながら溜め息を吐いた。


「ユウ嬢……性格悪いね」
「それ、褒めてるよ?嫌味にならない、ならない」


ユウは運ばれて来た酒に初めて口をつけた。オビのとは違う明るい色をした液体がユウの喉を通る。


「白雪の事、好きなんでしょ」
「ゴフッ……!?」
「汚っ!?ちょ、大丈夫?」


ユウは慌てて近くにあった使っていないお手拭きをオビに渡す。噎せながらオビはそれを受け取り机を拭く。


「ゲホッ…………う、何で、分かったの?そんなに俺分かりやすかった?」
「いやいや、多分気付いてないよ。私はほら、動物見てるから」
「え、動物と一緒……?」


ユウは動物も一緒にされた事にショックを受けているオビを肘をつきながら眺めていた。
馬鹿みたいだなぁ、なんてユウは思う。これ程までに想っているのに本人達の幸せを望んで引くとは。まぁそこが彼の良いところでもある訳だけれども。


「………自分の煙草の匂いが白雪に付いてたら、我慢、出来なくなっちゃうもんね」


彼が煙草を吸わないのは元の職業もあるのだろう。煙草程匂いが残る物はない。でも今、ゼンの従者としては匂いは関係ないけれども、叶わぬ想い人が自分の香りを漂わせていたら諦めれるものも諦められないというものだ。


「……まぁ、それも有るけどね」


収まったのだろう、オビはまた薄茶色の酒を煽る。ユウは目を細めてオビを見つめ、なんで彼なんだろう、なんで彼に恋をしてしまったのだろう、とただ自分を責める事しか出来なかった。


「お嬢さんの肺に悪い事はしたくないし」


傷付いていながらも優しそうな顔をしながらオビは呟く。あぁ、やめて欲しいのに、そんな顔を見たい訳じゃないのに、何も言えない自分が悔しくて辛くてユウは顔を下に落とす。


「………恋愛は難しいや」


精一杯吐き出した声は震えていなかっただろうか、恐る恐るオビを見る為に顔を上げたユウ頭に暖かなオビの手が乗せられた。


「ユウ嬢もきっといつか分かるよ。……確かに俺はあんまり幸せに見えないかも知れないけど、もしも両思いじゃなくてもユウ嬢にとって相手が幸せなら別に良いやって思える相手が現れると良いね」


しっかりと芯のある声音でオビはユウに告げた。自分の言いたい事が良い終わり満足したのかユウの頭の上にあった手は離れて行き、まだ残っている瓶に延びる。
ゆっくりとユウはオビの手が離れた場所を自身の両手で触れる。その手は少し、ほんの少しだけ震えていたが、オビはもうユウの様子は気にせずに先程まで食べられていたつまみに手をのばしている為に気付いていなかった。

ユウは知っていた。オビの目が自分を向いていない事も、オビが幸せに過ごしてるから自分は何も言えない事も、想いを伝えてしまったらオビの事を困らせてしまう事も、ちゃんと分かっていた。


「…………私はまだまだ子供だから分かんないや」
「ははは。確かにユウ嬢はあんまり歳が変わらないけど子供っぽいもんね」


サーカスのピエロは決して素顔を見せずにお客を楽しませる道化師だ。そんなサーカスの看板娘のユウにとって顔を隠す仮面が無くても本音を隠す仮面をかぶる事なんて造作もない。

舞台に立っていなくてもたった1人を楽しませる為にユウ今日もまた道化師の仮面を被り騙し続けるのだ。


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