──その人は諦めた様な、絶望している様な、冷えた匂いがしていた。


「……っ!」


伊之助が脳震盪を起こし倒れた次の瞬間に、炭治郎と善逸が慌てて振り返る。
鬼では無いが、匂いが、音が、したのだ。


「あああああああ炭治郎、炭治郎っ炭治郎!!!!だ、だだだだだ、誰か近づいてくるぅ!?」
「落ち着け、善逸。この匂いは鬼じゃない、人だ」
「ばっかやろうっ!!人間だからって落ち着けるか!も、もも、もし人攫いみたいなのだったらもう駄目だ!!炭治郎は怪我してるし、猪は気絶してるし!正一君!俺を守って!!」


主に善逸が騒いでいるが、近付いてくる人はどんどんと家の前へと進んでくる。
ガザガザと葉を掻き分ける音が止んだと思ったら女の人がひょっこりと顔を出した。正一の後ろに隠れていた善逸は女であった事に目を真ん丸くして驚き、小声で「女の人だ……」と少し嬉しそうに呟く。


「……あれ?君達、鬼殺隊の子か。それじゃあツノのついた鬼、倒した?」


ぶんぶん、と炭治郎と善逸は首を振った。何故か不思議な感覚の人で惚けており、声が出なかったのである。


「えぇ〜。また逃げられたのかなぁ。そっちで寝っ転がってる子は?」
「……ぁ、こいつは多分脳震盪起こしてて」
「え?そうなの?じゃあ起きるまで待つかぁ。君達は大きな怪我は?」
「無いです!!」
「じゃあ死んだ人達の埋葬手伝ってくれる?」
「喜んで!!」


ただ、目当ての鬼が見つからずしょんぼりした様子を見せた女にどこか親しみやすさを感じたのか声はすぐ出るようになった。善逸も先程女の子に殴られたのが懲りていない様子で女の側へと既に寄っている。


「あ、そうそう。君達名前は?」
「竈門炭治郎です」
「俺は我妻善逸です!」
「よろしくね、炭治郎に善逸。私はユウ。まぁ好きなように呼んで」
「そっ、それなら俺の嫁と呼んでも!?」
「ごめん嘘。名前で呼んでね」


善逸の押しの強さに炭治郎は何とも言えない表情になるが、ユウは別段驚きもせずに善逸と会話を進める。炭治郎の後ろに正一達兄弟を見つけると彼らは?と首を傾げた。


「あ、鬼に連れ去られた子とその兄弟の子達です。無事だったのはこの3人だけで……」
「……そっか」


ユウは3人に近付くと膝を曲げて目線の高さを合わせる。3人は新たに来た女にどうしたら良いのか分からない様だ。安心させる様にユウは笑った。


「よく頑張ったね」


そしてふわりと手を伸ばし3人を抱きしめる。
その姿に善逸が言葉にならない悲鳴を上げたが、流石に引き離す様な事はしなかった。
3人はじわじわと自分の体を包む、優しい匂いと暖かい人の体温に張っていた気が緩みユウへと体重を預けてしゃがみ込み、目元に涙を浮かべ始める。小さな嗚咽も漏れ始めた。


「よしよし。怖かったよね、辛かったよね、もう大丈夫だよ。少しの間休んでいてね」


ゆっくりと体を離すと炭治郎と善逸の方へ振り向き、2人の頭も撫でる。


「君達もよく頑張りました。あと少し頑張ろうね」
「はあいぃ!!何でもお任せくださぁああい!」
「……は、はい」


善逸は女の人に頭を撫でられ褒められたお陰で早速穴を掘り始めるし、炭治郎は炭治郎で長男という事もあり母とは違う、姉の様なユウの対応に少し戸惑いながらも悪い気はしていなかった。


「はっ!」


少しして伊之助が勢いよく目を開き、起き上がる。


「うわっ起きたァ!!」
「勝負勝負ゥ!!」
「寝起きでコレだよ、1番苦手これ!」


伊之助は目に入った善逸を追いかけ回し始め、善逸も反射の様に逃げ出す。炭治郎が大人しくなる様に声をかけようとした時、隣に居たはずのユウが居ない事に気付く。


「はいはい、どうどう、落ち着いて。勝負なら私が後でしてあげるから。……君はツノのついた鬼を倒さなかった?」
「お前誰だ!!俺様の獲物だったんだぞ!俺様より早く仕留められなかったお前には俺様が倒した獲物はやらない!でも勝負は受けてやる!感謝しろ!」
「…………あーなんか懐かしいこの感じ。師匠思い出すや。ま、鬼倒してくれてありがとうね」


ユウは伊之助が抜いていた刀をかいくぐり、刀を持っている右手首を掴んで止めていた。伊之助は筋肉の付きはいい方であるし、いくら炭治郎が肋を折った為に力が入りにくい、といっても女であるユウが片手で止めている手を全く動かせていない。


「おいっ!離せ!お前女の癖に馬鹿力だな!!」
「いやいやいやぁ。こんくらいで馬鹿力とか言ってたら本当の馬鹿力の人達に申し訳ないよ。でもそっかぁ、この感じだと君達癸でしょ。それも最近なったばっかりの」
「うるせぇ!!なったのが最近だから何だってんだ!」
「いんや?別に悪い事じゃない。まだまだ鍛錬不足だなとは思うけど、現時点でコレって事は逆に伸び代があって楽しみでもあるよ。君、名前は?」
「嘴平伊之助様だ!!」
「よろしくね、伊之助」
「様をつけろ!様を!」


むきーっと伊之助が空いている左手でもう1つの刀を取り出す前にユウは掴んでいた手を離した。その後掴んでいた手を無言でじっと見つめて1つ頷く。
鼻息荒く怒りをそのまま表に出していた伊之助だったが、炭治郎の足元に盛り上がった土を見て指を指す。


「何してんだァ!お前ら!」
「埋葬だよ。伊之助も手伝ってくれ。まだ屋敷の中に殺された人が居るんだ」


ユウが伊之助をどうにかしてくれた様だったので、炭治郎と善逸はさくさくと土をのせていた。
その放っておかれたのも伊之助の怒りに引っかかったらしい。


「生き物の死骸なんて埋めて何の意味がある!やらねぇぜ、手伝わねぇぜ!!そんな事より俺と戦え!!」
「そうか……。傷が痛むから出来ないんだな」
「…………は?」


可哀想に、と炭治郎の表情はありありと言っていた。善逸は顔を歪めて何かを言いたそうにしていたが、巻き込まれるのを嫌ってか手を動かし続けている。
もちろん、炭治郎はちゃんと言葉を喋る子ではあるが、どこか会話が通じない所が義勇に似ているなぁなんてユウは思いつつも善逸の手伝いを始めた。


「いやらいいんだ。痛みを我慢できる度合いは人それぞれだ。亡くなっている人を屋敷の外まで運んで土を掘って埋葬するのは本当に大変だし、善逸とユウさんとで頑張るから大丈夫だよ。伊之助は休んでいるといい」
「はぁーーーーん!?舐めるんじゃねぇぞ、100人でも200人でも埋めてやるよ!俺が誰よりも埋めてやるわ!!」


どすどすと地面を踏んで伊之助は家の中へ入って行く。叫び声を上げながらも走り回っている様子からきっと亡くなった人を外に出すつもりなのだろう。


「……善逸、炭治郎のあれって素?」
「…………だと思います、さっきあったばっかりだけど」
「あっはっは、良いねぇ、面白い!」


炭治郎は何故ユウに笑われたのか分かっていない様だった。

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