ぱちり、とユウは目を見開いた。
体は痛み等で全く動かないが、飢餓感は特に無い。


「……〜っ」


声を出そうにも息が流れる音だけが漏れる。
目に映るのは白い天井。気になる匂いは、特になし。


「…………」


他に何もする事が無く、ユウは諦めて全身の力を抜いた。
痛みがあるという事はまだ死んでは居なさそうではあるが、結局自分は鬼になってしまったのだろうかと目を閉じる。
獪岳が刀を持って行かなければ、自分の首を斬るつもりではあったが、刀が残っていたとしてもあの痛みの中斬る事は難しかっただろう。


「…………?」


ガラリ、と引き戸を使う音が聞こえ、足音が近付いて来ていた。反射で目を開けてしまったが、誰か分からないのでユウは起きていない振りをしようと、開けてしまった目をすぐ閉じる。
足音はユウの側で止まり、呼吸音は一定であるから、殺そうとされている訳では無く、観察されているであろう事が理解出来た。
すう、と足音の主が息を吸う。


「…………ユウ」


ユウは目を開けた。


「………………は?」


声の主はユウと目が合い、ポカン、と呆けた表情をし、気の抜けた声を出す。


「ユウ、お前、いつ起きて……」


──さっき。

声が出ない為、ぱくぱくと口を動かす。
正直、彼に理解出来るとは思えないが、まぁそれはそれでユウが音にせずとも告げたいから動かすのだ。

──おはよう、錆兎。

目が開き、最初に会うのが彼で良かった。
自分がどうなっているのか分からないが、錆兎になら首を斬られるのも悪くない、と、本気でそう思ったのだ。







──どうやら、私は"人間のまま"らしい。

目が覚めてからしのぶに色々と検査をされた後、そう診断された。
進んで鬼の血を飲んだとは言わず、鬼の血が体内に入ってしまった、と伝えた所、付き添いで側に居た錆兎から頭を叩かれたが、特に問題は無いみたいである。


「……声帯を痛めているので、声はなるべく出さない様に。後、ユウさんが目覚めた為、明日予定されていた柱合会議が明後日になったのでお忘れなく」


こくり、とユウが頷いたのを確認してしのぶは部屋から出て行った。
入れ替わりの様に錆兎がユウが座っているベッドの横に座り、じっと見つめる。


「……?」


何か用があるのかとユウが首を傾げながら錆兎を見つめると、何か言いたげに口をぱくぱくと動かすものの音にはなっていない。
起きたばかりの自分の様ではあったが、錆兎は喉を痛めていないらしいので大人しく続きを待つ。


「……お前の所の継子が、」


錆兎が続けようとした所でガラリと扉が開く音が部屋に響く。


「師匠っ!!」


音を立てた犯人は獪岳で、とても慌てた様子であった。


「起きたばかりでもうしわけないんですが、話したい事が」
「……錆兎、ちょっと出といてくれる?」


獪岳が上にどう報告したのかも気になっていた為、丁度タイミングが良かった。
2人を見比べ、「分かった」と溜め息と共に小さく呟くと錆兎は大人しく獪岳の横を通り過ぎる。
ピシャリ、ときちんと閉まったのを確認して獪岳は錆兎が座っていた場所に座った。


「…………師匠、まずは無事で良かったです」
「ありがとう。誰が来るか分からないから早速聞くんだけど、その前に。……報告はどこまで?」
「話したい事もそれについてなので丁度良かったです。俺は、応援を呼ぶ為と情報を伝える為に師匠から逃されたと伝えてあります。"あの会話"については伝えてません」
「うん、それが良いね。……まぁ御館様には伝わっているだろうけど、他の人には柱合会議の時に私から伝えた方が良い」
「……はい」
「"だから"君は私の継子を降りなさい。君が居なくなった後の事だから君は関係ない。君まで巻き込む気はないからさ」


予期していなかったのか、獪岳は目を大きく見開いてぱちぱちと瞬きをしている。


「え?そんな意外な事言ってる?」
「あ、えっと、その、いえ……。師範から言われるとは思ってませんでした」
「"私の判断による処罰"を君まで受ける必要は無いでしょーに。継子のままなら何かしらの罰は免れないだろうし、君もそう思ったから来たんでしょ?」


毛先を指で弄りながらユウは淡々と答えた。


「あの時はどうしようも無かったから、君を殺す判断しか出来なかったけど、これからの問題は私だけで処理出来るから、君は気にしなくて良い。私の継子は降りる事になるけど、屋敷には居たままで良い様に師匠に伝えておくから。引退したとはいえ柱だった人だから君の成長の手助けをしてくれる筈だよ」
「師範はどうするんですか?」


ユウはぴたり、と動きを止める。


「…………まぁ、後の事を考えても意味が無いからねぇ」


ふふ、と軽く笑うとユウは獪岳に向かってひらひらと手を振った。


「さ、もう出て行きな。迷惑かけると思うけど、君ならなんとかなるよ」
「分かりました。病み上がりの時にすみません」
「良いよ、これくらい別に。継子との最後のやり取りなんだから。……元気にやりなよね」
「はぁ……?分かりました。師範もお大事に」


ん、とユウが頷いたのを確認して獪岳は病室から出て行く。
いまいち良く分かって居なかった様だが、問題無いと判断したのだろう。自分に対しては別だが、獪岳は他人に対しては結果を見る人物だ。


「馬鹿だねぇ……」


ぽつりと零して箪笥の引き出しに入っている紙と筆を取り出す。さらりと必要事項だけを記入して折り畳んだ時、またガラリと扉が開いた。


「継子の用事が終わった様だったから戻ったが、早かったか?」
「いんや?むしろ丁度良かった。私も君に話が、んぅ……」
「…………どうかしたか?」
「あ"〜……。いや、平気。ちょっと喋りすぎただけ」
「いくらしゃべれる様になったからと言っても、今まで水分をとってなかったんだから無理はするな」
「……そうも言ってられないんだよね。で?私の話より先に君の話を聞くよ」


あぁ、と急に煮え切らない声音になり、目線がゆらゆらと左右に揺れる。
言おうか言わまいか悩んでいる様子だが、少ししてきゅっと目に力を入れるとユウと目を合わせて口を開いた。


「……ごめん、って、どういう意味だ」


真意を探るようにユウの目をじっと見つめる。


「お前の所の継子が、誰にとは言っていなかったがきっと俺宛だろう、と伝えてくれた」
「…………私に向けてくれた好意への返事だよ。直接言うつもりだったんだけど、死ぬと思ってたからね。こんな形で申し訳ない」
「……あー、いや。気にしなくて良い。わざわざすまなかった。…………それで?お前の話は?」


さらりと流された事に疑問を持つが、あまり深く突いて変な事になったら困るので追求する事なく促されるまま口を開く。


「獪岳の事、もし良ければ貰ってやってくれない?」
「……は?お前の所の継子だろう?」
「勿論、死ぬまで手放す気は無いけど、死んだ後は面倒見れないからね。無理にとは言わないけど、相性が良さそうなら引き取って欲しいんだ」
「まぁ、それくらいなら」
「うん。……ありがとう」


きっと今回の大怪我で、死ぬ事を意識した故の言葉だと錆兎が捉える事は用意に想像がついたが、訂正する事はしない。
ギリギリまで嘘をつく事に抵抗が無い訳ではないが、どうしようもない、仕方がないものを無闇矢鱈に悩ませる必要は無いのだ。

──馬鹿だなぁ、と獪岳と同じ事をユウは錆兎に思うのだった。

prev / Back / next


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -