「し、師匠〜!!!!ごめんなさい!ごめんなさい!!もう我儘言いません!!泣き言も言いません!!八つ当たりしてすみませんでした!!」
バタバタと音を立ててユウは霞柱邸に走り帰ってきた。
「おー。早ぇな。そのまま錆兎に食われるかと思ってたわ」
「なっ!?そ、そ、そっ!?」
「先に戻ってきた獪岳に聞いたに決まってるだろーが」
「あっ!そうだ!獪岳!!側に来なさい!!」
「行かなくて良いぞ。八つ当たりされっからな」
居間で寛ぎながら宇髄と獪岳はユウを迎える。
「んで?獪岳が居なくなってからどうなったんだよ」
「……いや、別に。何も」
「へ〜?ふ〜ん??……吹っ切れたあいつがそのまま逃す訳ねぇだろ。何かしら約束やら告白やらされただろ」
「こっ……?」
ユウはキョトンと首を傾げる。
その様子に宇髄はそこまでは違うか、と口に出そうとした瞬間、ユウの顔が真っ赤に染まり、パクパクと金魚の様に口を動かした。
「あ、あの、ですね、師匠。さ、さらっと好きな女と言われたのは告白なんでしょうか……?」
「…………し、師範……それは言って良かったんですか?」
「…………面白え事になってんな!」
宇髄が楽しそうな声を出した時、襖がさっと開き、宇髄の嫁3人が顔を出す。
「やだ〜!?ユウちゃん錆兎君とそんな事になってたの!?」
「須磨、からかっちゃだめよ」
「錆兎君なら全然許します〜!天元様もあいつなら良いなって言ってたくらいですもん〜」
「おい、須磨言うな!!」
宇髄と3人が騒ぎ出したのでユウは顔を軽く仰ぐ。
少ししてバサバサと羽の音が部屋に響いたと思ったら、鎹鴉が部屋に入ってきた。
「……獪岳、準備を」
「はい、師範」
さっと表情を引き締めるとユウと獪岳は刀をしっかりと腰に付け、鎹鴉へ先導する様に歩き出す。
「それでは師匠、行ってきます」
▽
「獪岳、もっと早く走れる?」
「……っ、はい、追いつきます」
獪岳の返事を聞くとユウは走る速度を上げる。
見回りをしながら獪岳に人の癖による分析力や考察力をつけていた時、鎹鴉が来、"上弦の鬼"が隊士を全滅させたとの報告があったのだ。
隊士が全滅してしまったという事は、つまり一般市民が襲われるという事である。
獪岳はまだ左手になれたばかりで壱の型はまだ使えない。そんな状態で上弦と戦う事になってしまったのは誤算だった。
「…………!?」
ユウと獪岳がその場に着くと、そこには上弦の鬼がぽつりとただ立っていた。
獪岳が一歩進もうとするのを手で止める。
「……貴方は?」
ユウが緊張しながら問いかけると鬼はユウ達への顔を向けた。
長い黒髪を後ろで縛り、腰に刀を指している。
6つある目がユウを捉えた瞬間、ユウは全身が震え、そして気付く。
「……黒死牟」
ぽつり、と目の前の鬼はそう零した。
「…………"上弦の壱"、ね」
瞳に描かれた壱、という文字を読む様に口にして刀を向ける。
──私達ではこの鬼に勝てない、殺される。
そうはっきりと感じとるが、だからといって見逃す訳にはいかない。
獪岳を横目で盗み見る。口元には力が入り過ぎており、震えてはいるが、刀をしっかりと握っていた。
──生にすがる彼を私はこれから死ぬ為だけに戦わせようとしている。
ユウは自重気味に笑う。
「……酷い奴だ」
懺悔する様に呟くと顔を上げ、地面を強く蹴った。
▽
ゆっくりと目を開けると、ユウは地面に倒れている事に気付く。
腕は動く、足もまだある、けれど力が入らない。
自分の下に生暖かい血がある。
「…………」
口を開けるが、息が漏れるだけ。
目の前では鬼の前で土下座をする獪岳が見える。
声はちゃんと出ない癖に、2人の会話ははっきりと聞き取れた。
その会話にどこか、納得している自分が居た。
「……か、ぃ……が…………く」
生に執着する彼は自分を捨ててまで生きようとしている。
ユウの声が聞こえたのか、獪岳がこちらを見、ユウと目が合った。
ぐしゃり、と獪岳の顔が歪む。
──馬鹿な子だなぁ。
ふっ、と息が漏れ、ユウは笑う。
「……ぉ……こ、し……て……」
獪岳はちらりと鬼を見上げるが、黒死牟は静かに佇むだけである。獪岳はゆっくりとユウを起こす。
けほり、と口から血が出た。
「わ、……わた、し、が…………ぉに、に……な……る」
「し、師範」
どう言えばいいのか分からないのだろう、獪岳はユウを呼ぶだけだ。
「……だ、から……か……ぃが、く……を、……みの……が……し…………て」
ぴくり、と黒死牟は動きユウを見る。
多分たった数秒、黒死牟とユウは見つめ合った。
「…………わた、し、……はし……っら、だ…………か、ら」
「師範っ!」
「きっ、と……っょ、ぃ……ぉに、に……な、る」
黒死牟はユウの前まで寄り、目を細める。
言葉は無かったが、それが同意だとユウはすんなりと受け止められた。
「……かぃ、が、……く。ぃっ……て」
「で、でも、師範……」
「行きっ……な、さい!」
力は無い手で獪岳の胸を押す。
声を無理矢理出した所為で、また口からごぼりと血が出た。
「ご、めん……って、…………っ、たぇ……て、くれ、る?」
「…………っ、はいっ……必ずっ」
獪岳はゆっくりとユウから手を離し、ユウと自分の刀を持って走り去る。
やはり、黒死牟は獪岳を殺さず、ずっとユウを見ていた。
ただの気まぐれかもしれないが、そのお陰で最後に巻き込んでしまった子を守れたならそれで良い。
「…………強い剣士程、鬼となるには時間がかかる……。私は丸三日かかった。呼吸が使える者を鬼とする場合、あの方からの血も多く頂戴せねばならぬ。そして稀に……鬼とならぬ体質の者も存在するが、お前は……どうだろうな」
「……な、んだ」
黒死牟が自身の手に爪を食い込ませ、傷をつける。
ぼたぼたとユウの手へと血が溜まった。
「"私、は……鬼には、なり、ま……せん"」
「……そうか。まぁお前の意思がどうであれ、これは有難き血だ。一滴たりとて零すこと罷り成らぬ。零した時は……お前と逃げた彼奴の首と胴は泣き別れだ」
痛む体に鞭を打ち、ユウはゆっくりと血を口元へ運ぶ。
瞬間、全身から血が噴き出す様な、痛みが体を襲う。先程まで声が出なかった筈なのに、唸り声がユウの口から出る。
「鬼となった暁には、人間を食べ、強くなれ。……お前ならそのうち番号を貰えるやもしれぬ」
ユウが血を全て呑んだのを確認した後、黒死牟は踵を返す。
「……まぁ、元身内に殺される事のない様に精々励め。面倒は見ない」
地面と靴が擦れる音を聞きながらユウの意識は途切れた。
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