ユウはちょっと悔しかった。
ちょっとだけではあるが、悔しくて、悔しくて宇髄の背中をポカポカと叩いていた。


「いや、痛かねぇけどよ、お前面倒臭せぇ奴だな」


唸り声で不満げに返事を返したユウに宇髄は息を吐く。


「師範、宇髄さん、お茶を持ってきました」
「おー、くれくれ。こいつ全然離れやしねぇや」
「うう〜!!」


獪岳がユウと宇髄の側にお盆をそっと置くとユウはぶっきらぼうにお礼を告げ、湯呑みに口をつける。


「……師範、機嫌直りました?」
「直る直らないの話じゃないよね、だって私別に機嫌悪くしてないし」
「…………そうですか」
「いや、だってさ、確かに君なら1ヶ月かからないで一打入るだろうなって思ってたけど、2週間ってさ、早すぎない?何?不思議な力でも隠してた訳?」
「隠してないですよ……師範が出来るって言うから頑張りました」
「はい、出た!!私のお陰ですみたいな雰囲気出してるけど、私、私っ!!刀を持って3ヶ月も経ってない男に負けた!!悔しい!こんなに悔しいの無一郎君以来だ!!」


ズズズッとわざと音を立てて茶を啜るユウの様子を宇髄はふーん、と1人納得している。


「……まぁ、私の読みが間違って無かった事だけは良い事なんですけど」
「お前本当にこいつの継子で良いのか?面倒臭くねぇ?」
「俺を見つけてくれたのは師範なんで。それにこんなんでも尊敬する所はあります」


さらりと毒舌を混ぜた獪岳に宇髄は大口を開けて笑い、ユウは「……こんなんでも?」と自分の聞いた言葉が信じられないと言いたげに顔を歪めた。


「で?そろそろ任務に戻るんだろ」
「…………まぁ、はい、ソウデスネ」
「随分歯切れが悪いですね、師範」
「……思ったんだけどさ。君、私の事師範って呼んで敬語使ってれば何言っても許されると思ってない?いや、まぁ、別に良いんだけどさぁ」


カラカラと笑っていた宇髄が先を促す様にユウへ声をかけると、ユウは苦虫を潰した様な顔で肯定した。
理由が分かっていない獪岳は首を傾げるが、その様子を見て宇髄は「あ〜」と口を開く。


「そういやお前知らなかったか。こいつ、今任務サボってるんだぜ?」
「サボってませんけど!?」
「そのしわ寄せが水柱に行ってるんだよな。あっちもあっちで文句言わねぇけど一応、礼はしに行かねぇとならないんだわ」
「……師範、水柱様苦手なんですか?」


珍しそうに獪岳は目を瞬かせる。
ここ数ヶ月暮らしていて、ユウの対人技能の高さを見ていた為信じられないのだろう。


「喧嘩中なんだよ。餓鬼でもねぇ歳だろうに」
「喧嘩……?」


苦手を通り越して喧嘩?と不思議そうな表情を浮かべた獪岳にユウは溜め息を吐いた。


「別に喧嘩って訳じゃない。意見の相違ってやつ。……獪岳、準備しな。今から行くから」
「は、はい」


しっしっと手を獪岳に向けて振ったユウは茶請けを一口で食べると、今までの様子が嘘の様にさっと立ち上がり玄関へと向かう。
その後を慌てた獪岳が追い、その場には空になった皿がのったお盆と宇髄だけが残された。







「はい、今まで任務ありがとうございました。これ、お礼です。義勇とかと食べて下さい。はい、お邪魔しました」
「いやいやいやいや、待て待て!!言い切って逃げるな!」


掴まれている右手を振るが、やはり男と女では力の差があり、外れない事を悟るとチッ、と隠す事も無くユウは舌打ちをした。


「錆兎、君、この間私にあれだけぼろ糞に言われて引き止めるって何?そういうプレイがしたいならそういうお店行きなよ」
「お前、ここ数ヶ月で随分廃れたな……」
「廃れてませんけど?」
「この間は悪かった」


ピタリ、とユウは動きを止めた。


「お前達、鬼殺隊の女を侮辱するつもりは無かった。俺が全面的に悪かった。……許して、くれないか?」


ユウは何も言わない。
錆兎もユウの言葉を待ち、何も言わない。


「…………」


ごくり、とことの成り行きを見守っている獪岳の喉が鳴った。


「…………べ、別に許す許さないの話じゃなくない?君と私の意見の相違ってだけでしょ」
「それだったとしても、俺はお前を傷つけた事には変わりない。俺にそのつもりが無くてもこのままにはしたくなかった」
「…………あーはい、もう分かった。分かったから。許す、許すよ。君にそのつもりがない事は分かってた。あれは私のただの揚げ足取りだ」


よし、と錆兎は手の力を緩める。
ユウもどこか気まずそうに手を抜こうとした瞬間、きり、とまたも錆兎が力を込めた。


「…………は?」
「よし、これで仲直りだな」
「……え?君の口から仲直りって言葉が出てくるのが信じられないんだけど?てか終わったなら離してくれない?」
「俺は自分の非を認めた」
「あぁ、うん、まぁ、そうだね?」


錆兎はにこにこと笑顔を浮かべているが、手はユウを逃さないと言いたげに掴んでいる。


「ここ数日、お前の任務も勿論こなした」
「あぁ、だからありがとうって……何?菓子折りだけじゃ満足出来ないって?そもそも文句も何も言ってこなかった君が、」
「それがお前への謝罪になると思ったからだ」
「う〜ん?義勇が居なくなった事で頭まで可笑しくなった?」


こっちの話を全く聞いてない、とユウは呆れた様に獪岳へと視線を向けた。
義勇もそうだが、こうなった時は無視をするのが1番だ。


「そういえば言ってなかったね、この子私の継子。獪岳って言うんだ。ついでに挨拶も、と思って」
「は、はじめまして、水柱様。この度霙柱様の継子となりました、階級乙の獪岳と申します!」
「あぁ、よろしく。水柱の錆兎だ。もう1人水柱が居るから名前で呼んでくれ」


錆兎への目的は2つとも果たせたしさっさと帰ろうとどうにか手を抜こうとするがやっぱり抜けない。


「あの、離してくれない?もう用事も終わったし帰る」
「こっちの用事は終わってない」


にこにこ笑っていた錆兎の顔が真顔になる。
獪岳はひぇ、と数歩下がったが、ユウは手を掴まれている為動く事が叶わなかった。
しかし本能が告げていた。

──このまま捕まってたら不味い気がする、と。

ユウの顔色が変わったのが分かったのか錆兎は口を開く。


「確かにお前の意見も納得した。そういった任務が無いとも言えないし、金で体を売る覚悟もあるのだと理解した」
「あ、そう、なんだ、良かったよ、はは。……ところで手、離してくれない?」
「数ヶ月程、考えに考えた結果、答えが出たんだ」
「へー!良かったね!……もう手を離しても良くない?痛いなぁ〜なんて」
「お前は意見を変えないだろうし、俺はそれを変えられる力もない」
「まぁ、お互い思考する生き物だからね。そういう事もあるよ。……ね、そろそろ手、離さない?」


こいつ、面倒臭せぇ〜!と思いつつも気分を害さない様に笑顔を浮かべてユウは手を抜く隙を窺う。
が、全く見つからない。
帰ったら師匠にさっきまで八つ当たりしてた事謝ろう、とユウは心に決めた。


「だから、そんなどうしようも無い事で悩むくらいなら俺が貰えば良いと気付いた。出来る事ならなんでもする。俺にお前の最初をくれないか」


運良く風が吹く事も無くはっきりとユウの耳に錆兎が言った言葉が聞こえてしまった。


「…………?」


聞き間違いかと思い、ユウは獪岳へと顔を向ける。
獪岳は喋らない様に口元を両手で押さえており、ユウと目が合うと首を左右にブンブンと振った。

──俺は何も聞いても無いし、見てもいません!
──いや、師匠が困ってるんだし、継子なら助けるもんじゃない?
──男の嫉妬程面倒なものは無いって知ってますから!頑張って下さい!

この間、2人の間に言葉は無かった。
最後に親指をぐっと見せると獪岳はさっと目線を外し、ゆっくりと後退して行く。
獪岳はいくら嫌いといっても善逸の奇行を側で見ていた時期もあったので、2人のやり取りから男女のいざこざだとすぐに理解したのだろう。無論、ユウを錆兎から助け出すのは実力的に無理だと感じていただろうが、余りにも薄情すぎやしないだろうか、とユウは目を細める。


「……空気の読める良い継子だな」


ぽつり、と錆兎が後退する獪岳を見て呟く。
声色に色はなく、淡々とした物言いだったが、そこでユウは全て理解した。
自分の継子は師匠であるユウより、錆兎に恩を売る事にしたのだと。
クズっぷりを気に入って継子にしたが、そのクズっぷりに逃げられるとは思いもしていなかった。


「…………で、返事は?」
「…………そ、そろそろ任務の時間だな〜行かなきゃ」


低い声で促されるが、ユウは決して錆兎と目を合わせようとせずどう逃げようかと思考する。
ただ、声は上擦り、いかにも動揺しているのが錆兎にも伝わっているだろう。


「……お前にとって"大事な物"だから、今すぐに返事が欲しい訳じゃない」


なら聞くなよ!と叫び出しそうなのを我慢し、ユウはこくこくと頷く。


「ただ、もしまた見ず知らずの奴にやる事になるなら、その前に俺にくれないか」


こくこくと無言で頷き続ける。
もう逃げ出したくて、早く話が終わらないかと必死だった。


「……今はその返事だけで良いか。……引き止めて悪かったな」
「いっ、いいえ!」
「でも覚えておいてくれ。いくら俺でも好きな女が体を売ろうとするのは流石に嫌なんだ」
「わ、わかった!!そ、それじゃあ!!」


緩んだ錆兎の手から、さっと手を抜くと1度も顔を見る事なくユウは背中を向け逃げ出した。

対人に優れていると自負しているとはいえ、好きな男から言い寄られて対応する力はユウには無かったのだった。

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