遊郭での事があってから2ヶ月程経った時、炭治郎は目を覚ました。


「他の、みんなは……大丈夫、ですか……?」


炭治郎が起きた事により、騒いでいた蝶屋敷の人達が少し落ち着いてから炭治郎はそう切り出した。


「黄色い頭の奴は一昨日だっけ?」
「はい」
「復帰してるぜ。もう任務に出てるらしい。嫌がりながら」
「善逸さん、翌日には目を覚ましたんですよ」


すみと隠の後藤が交互に説明を挟む。


「音柱は自分で歩いてたな。嫁さんの肩借りてたけど。隠は全員引いてたよ、頑丈すぎて。すごい引いてた」
「ユウさんは右足と背中に怪我をしていましたが、翌日には媚薬も完全に抜け切りましたし、足に負担をかけない様に引き継ぎをはじめてらっしゃいましたね」
「あの人が1番軽傷だったけど、終わってから1番忙しかったんじゃねぇかな。柱にもなったし、継子も見つけたみたいだぜ。夜は柱の仕事で、昼も別の事してるらしい。いつ寝てるんだか」
「この間、炭治郎さんのお見舞いにも来てましたよ。最近は落ち着いてきたみたいです」


義勇とユウが同時に柱になった事もあるが、それにしてもユウは働き過ぎだったと後藤は零した。
媚薬って何だろう、と炭治郎は不思議に思ったが、体に問題が無いなら良いかと流し、伊之助の事を問う。


「そうか……伊之助は?」
「伊之助さんも一時危なかったんです」
「伊之助さんすごく状態が悪かったの。毒が回ったせいで呼吸による止血が遅れてしまって」
「そうか……じゃあ、天井に張り付いている伊之助は俺の幻覚なんだな……」


炭治郎の言葉を聞き、上を見上げた面々は一瞬の静寂の後、悲鳴が蝶屋敷に響いたのだった。







ユウは縁側に座りながら打ち合う宇髄達の様子を見ていた。


「ほら、大分使える様にはなっただろ?」
「そうですね。びっくりしました」


宇髄はそう言うと片手で支えていた木刀を上に向けてから流れる様に肩に乗せる。ユウは頷きながら、ぱちぱちと手を鳴らしていた。


「いやーありがとうございます。やっぱり刀を握り始めたばかりの相手には、教えるのが上手い人が1番ですね」
「お前、この俺様に隠居しろって言った割にはすぐ表に引っ張ってきたな……」
「適材適所ってやつですよ。効率良くやるのが1番ですし、私もかなり休めました」


庭には少し息を整える獪岳が立っている。
獪岳の左手には刀が握られていた。


「どう?獪岳。もう左手は慣れた?」
「……まぁ。まだ少し違和感はありますが」
「そりゃそうだろ。今まで右手で無理矢理バランスをとってたのを、いきなり左手に戻して正しいバランスに直してるんだからよ」


あー疲れた、と態とらしく呟いた宇髄はユウが開けた縁側に座り、側に用意してあった飲み物を手に取る。


「お前、器用だし後1ヶ月もしない内に違和感も取れて、今まで以上に使える様になると思うぞ」
「ありがとうございました」


獪岳が宇髄へ頭を下げた後、木刀を左手で構え前に立つユウへと向ける。


「あれ?もう休憩良いの?」
「早く慣れたいので」
「じゃあ、おいで。まだ常中だけね」
「分かりました」


ユウは木刀を構えるとにこりと笑う。それを合図に獪岳はユウへと打ち込みを始めるのだった。

獪岳がユウの継子になった後"利き手が左手である"という事が宇髄に看破されていた。片腕と片目が使えないと言っても、観察眼に優れた優秀な忍であり二刀流を扱う宇髄だったから少しのズレを見抜けたのだろう。
直ぐにユウは左手で刀を扱う事に慣れている宇髄に面倒を任せ、獪岳の任務も無くし、利き手に戻す作業に取りかかった。
本人が器用だったのもあり、基礎は瞬く間に身に付けられた。その後は既に鍛えられた体と使い始めたばかりな左手の感覚を繋げる為、宇髄の嫁が相手からはじまり、全員に一打入れられる様になった所で宇髄へと打ち込み相手が変わる。宇髄にも一打入った所でユウへと先程戻されたのだった。


「うん、まだまだだね」


庭に寝転がっている息の切れた獪岳を上から見下ろすのは息の切れていないユウだ。


「休憩入れても一回」
「……は、はい」


ぜーはーと息を整えながら獪岳は宇髄から手渡された水を喉を鳴らして飲む。


「ユウ、お前なんか感覚鋭くなってねぇか?」
「そう、ですね……。遊郭で音の認識の感覚を掴んでから、鋭くなった気はします」


音の認識と、殺気の感覚が合わさってここ数日調子が良い。でも、後一歩先に、まだ何かある気がしている。


「……獪岳。ただ私からの攻撃を凌いで一撃入れる隙を探すんじゃなくて、癖を盗みな」
「師範は癖、直してますよね」
「あるよ。そりゃ刀を振るう時の癖は弱点になるから矯正したけど、"攻撃の癖"は簡単に消えるもんでもない」


はぁ、と理解してなさそうに獪岳は軽く頷いた。


「師匠だと、調子が良い時は上からの打撃より横からの打撃の方が勢いが良い。両手なら話は別だけど、1本なら締めは縦のフェイントから横を使いがち」
「お前よく見てんなぁ」
「そりゃ何千と手合わせしたらよくある攻撃パターンも理解しますよ」
「1本は最初の頃だけだろうが」


ヒュッ、と風を斬る音を鳴らしてユウは木刀を獪岳へ向ける。


「獪岳、君は常に頭を使って"どう最小限の傷で生き残るか"を無意識下で計算してる。だから危ない橋を渡らない。それも戦い方の1つではあるけど、このままだと壱の型は一生使えないよ」
「……っ!?」
「そもそも雷の呼吸の壱の型は居合いの技だ。敵の前でわざわざ刀を仕舞って抜く動作を行う。つまり"無駄"が多い訳だ」


ユウは木刀を見えない鞘に仕舞い、低く構える。


「その無駄な時間でどんな血鬼術かも分からない鬼の攻撃を受けてでも、刀が無い状態で近寄らなければならない。そんな方法を取らなくても、他の技で鬼の首は斬れる。……だから"無駄を嫌う臆病者の君"は壱の型が使えないと私は推測しているよ。これは君の所為ではない。君を君たらしめた環境がそうしたんだろうね」


心当たりあるだろう、と断定する様にユウは獪岳へと問いかけた。


「今までは問題無かったかもしれないけど、今後、格上の鬼と戦う機会もあるかもしれない。分の悪い賭けに出なければいけなくなる……分かるね」
「…………はい」
「その賭けの確率を上げる為にも、もっと分析力と思考力をつけなければダメだ。君と善逸の肉体的特徴は似ている。同じ師に師事されていたんだよね。つまり肉体的には"可能"な訳だ」


獪岳が握っている木刀に力が入っている。


「君は理解した方が身が入る性格だと把握した。今、本来の利き手に直しているよね。本来の利き手に直す事によって、抜刀の違和感を無くし、壱の型の基礎を作る。その次は対人で分析力と考察力を鍛えつつ、技を使うハードルを下げていく」
「……っはい」
「やる事は他にも沢山あるし、君はまだまだ伸びるよ。時間が足りない。左手に慣れるだけに1ヶ月もかけてる暇はない。考えろ、思考を止めるな。……以上、休憩終わり。いつでも来ていいよ」
「はいっ!」


勢い良く獪岳が返事をすると、低く構えていたユウへと斬りかかり始めた。
その様子を眺めながら宇髄は小さく溜め息を吐く。


「それだけ他人を分析出来てて、どうして自分の変化は分析出来ないかねぇ……」

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