こっちの心配なんて気にせず、コロッとした顔で戻ってきたユウの側には見慣れない男がたっていた。


「戻りました、師匠」
「おうおう、派手に忙しそうだったな。落ち着いたか?」
「はい!器量の良い継子も見つけてきました!」
「随分ド派手な結果を持って帰ってきたな……。お前、名前は?」


ユウの側で緊張した顔持ちの少年に宇髄は声をかけた。


「初めまして。この度、霙柱のユウ様の継子にさせて頂きます、階級乙の獪岳です」
「…………地味だな!」
「見た目はそうですけど、中身はド派手に真っ黒です」


ユウは自身より少し大きい獪岳の頭をわしわしと撫でる。獪岳は慣れているのか、表情を崩さずに宇髄を見つめ続けていた。
きっと柱としての仕事を生きてやり遂げた宇髄に緊張もしているのだろう。ユウが思ったよりも懐いている様にもみえるし、何があったのだろうか、と宇髄は首を傾げる。


「器用で、私がやっていた事の8割はもう入れてあります。もう獪岳無しの仕事に戻れませんね!」
「……ユウさん、それは言い過ぎかと。自分はまだ納得いってません」
「ほら!しかも向上心に溢れた野心家!どうして今まで誰にも見つかってなかったのか不思議でなりません!」
「まぁお前が満足してんならそれで良いけどよ」


この間まで怒ってたのはどうした、と聞きたくなるほど嬉しそうなユウの様子に宇髄は息を吐いた。


「あ〜、獪岳って言ったっけか?」
「はい」


ちらりと宇髄はユウを見てから口を開く。


「こいつが人を殺してんのは知ってんのか?」
「……!?」


宇髄と対面してから、やっと獪岳の表情が崩れる。


「俺様もなんとかしてぇとは思ってっけど、そうそう治る悪癖じゃないし、無理そうならお前から辞退しとけ。強くなりてぇなら暇になった俺様が稽古してやるし」
「いくら師匠でもそれは駄目ですよ」


獪岳の様子からして言っていなかった事は容易に理解出来たが、それにしては慌てていないユウが宇髄の隣に並んで獪岳と顔を合わせた。


「ねぇ獪岳。君が私を拒むのは勝手だけど、それが"どういった結果"を生むのか想像つくよね?」
「おいこらユウ。下の奴を虐めるんじゃねぇよ」


軽く頭を叩いた宇髄にユウは唇を尖らせる。
ここ最近よく見た、納得していない顔であった。下の奴らには比較的甘いユウがここまで獪岳に執着する理由が宇髄には分からない。


「だって獪岳は私を否定しきれませんよ。大事にしている部分は違いますけど、彼と私の根本は同じですから」


ユウの花菖蒲色の瞳が弧を描く。


「ねぇ獪岳。君は"大事なもの"の為なら人を殺せるでしょう?」


ひゅっ、と目の前の獪岳の喉が鳴る。
それは無言の肯定だった。

──そこで宇髄は理解した。
自分の価値観を否定されたユウは、仕返しの様に同じ存在を側に置こうとしているのだと。
本当に錆兎の奴は何を言ったんだ、と宇髄は息を吐いた。







獪岳はユウと違って隠すのが下手くそな奴なのだ。
だから獪岳が柱になる事はそうそう無いだろうし、彼自身も理解しておらずとも、それをよく分かっているのではないだろうか。


「……お前、何で隠してた」


苛立ちを隠す事なく獪岳はユウへと低くドスの効いた声音で問いかける。


「聞かれなかったから」


だが、流石は柱と言うべきか、何かを書いている手を止めずにユウは答えた。


「でも考えてみなよ。"だから"私は君を手放す事はないし、強くもしてあげられる。他の柱じゃこうはいかないよ。それは分かってるんでしょ」
「…………」
「それ以外の方法だと自分の圧倒的な価値を見せつけるしかないけど、無理だって理解してる。応用は効くけど基礎が出来ない器用貧乏な奴はごまんといるし、逆に基礎しか出来ない頭が硬い奴もいる。……君と善逸みたいにね」
「…………知ってたのか」
「そりゃ一応は継子にする子だから身辺調査はするさ。深くまでは調べてないから安心していいよ。暴くのも暴かれるのも嫌いなんだ」


ユウは書いていた手を止め、筆を机に置く。
その紙を丁寧に織ると封筒に入れ獪岳に手渡した。


「それ、御館様宛に書いた君が継子になる話。……今、ハッキリ決めて。継子になる気があるなら君の隣に居る私の鎹鴉にそれを渡して。なる気が無くなったのならビリビリに破いてここから出て行く様に。さっきは脅したけど、別にするつもりは無いから安心していいよ」


獪岳が何も聞く気が無さそうだと、顔色を確認するとそれ以上何も言わずにユウはその部屋から静かに出て行ったのだった。







鎹鴉は紙を咥え、ユウが開けていた部屋の窓から飛び立って行く。
それを眺めていた宇髄は、湯呑みを机におき対面で座っているユウへと顔を向けた。


「全部予定通りってか」
「そりゃそうですよね。分の悪い賭けをやる馬鹿が何処に居るって言うんですか」
「あいつもひでぇ奴に捕まっちまったな」
「元はと言えば師匠が発端なんですから文句言わないで下さい」


湯呑みを丁寧に持ち上げ、ユウは口を付ける。


「……まぁ、私も」


宇髄と目線を合わさずに、ぽつりとユウは零した。


「後に残すものを考え始めても良いかな、と」
「……そうかい」


やはりユウの変化は些細な所に現れている。
昔の価値観と新しい価値観のいい置き所を探っているのだろう。
遊郭での事で変に擦れてしまったが、その内またひょっこりと錆兎と仲良くなってる筈だ。
そんなに心配しなくても良かったか、と宇髄は茶請けの煎餅へと手を伸ばした。

prev / Back / next


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -