最後の鬼の攻撃が終わった後、ユウは興奮状態で出ていたアドレナリンが切れ、毒の効果が体に現れた始めていた。
鬼の調合した毒といえ、自身の感覚的にこれは媚薬だろうなぁ、とのんびりとした感覚で伊之助と善逸を抱えて屋根から降り、丁寧に地面に置く。すると禰豆子に背負われた炭治郎がすたこらすたこらとこちらへ近づいて来た。


「ユウさん!大丈夫でしたか!?」
「まぁぼちぼち。ちょっと鬼の毒にやられてるくらいで」


ユウの返答を聞くと炭治郎は「なんと!」と慌てて禰豆子から降り、禰豆子の手がユウの腕に触れた。すると暖かい炎に包まれている感覚がした後、体を蝕んでいた怠さが無くなる。


「……今のは禰豆子ちゃんが?」
「はい。禰豆子の血鬼術が毒を燃やして飛ばしたんだと思います」


ユウの目には怪我でボロボロになった炭治郎がはっきりと映っていた。思っていた以上の重症で頬が引くつく。


「炭治郎、君は重傷だから絶対安静!!動くの禁止!」
「でも、まだ鬼の首を確認出来てなくて」
「そんなの私がするから!1番軽傷でしょ!私!」
「分かりました。宇髄さんも鬼の毒にやられていたので、そっちに俺が行きます」
「駄目!!却下!!そんなの私が連れて行くから!炭治郎は2人を見ててくれる?」


でも、と炭治郎は顔を歪めて口元をもごもごと動かす。


「傷は治る訳では無いですし、ユウさんも血が」
「炭治郎の方が重傷でしょ。こんなの傷の内に入らないし、そもそも先輩を信じなさい!」
「……はいっ!」


どこか照れ臭そうに炭治郎は笑った。
伊之助の手当てを行い、禰豆子を抱えてユウは宇髄の方へ向かう。嫁3人が騒いでいるので宇髄は直ぐに見つかった。
ユウが禰豆子を宇髄の元へ誘導する前に、腕から抜け出した禰豆子が宇髄を火だるまにする。自分もあんな感じに焼かれていたのか、と嫁3人の反応に苦笑を漏らした。


「禰豆子ちゃんの血鬼術が毒を燃やしたんですよ、多分。炭治郎にもよく分かってないみたいです」
「そうだ!ユウなぁ……!見えないのに馬鹿な事するんじゃねーよ」
「見えました」


ぴたり、と宇髄の動きが止まる。


「師匠がずっと言っていた音の認識、多分出来る様になったと思います。ギリギリになりましたけど、ちゃんと全部を学びきれて良かったです」
「……おいおい、錆兎の所に嫁ぎに行く気かぁ?」
「師匠、引退する気でしょ」


どこか晴々とした表情でユウは笑った。


「今回私は全く使えないゴミでしたけど、炭治郎達みたいな若手が居るなら安心して引退できますよね。と言うか、引退して下さい。手と目が無いんですから、大人しく隠居して下さい」
「この宇髄天元様に"隠居しろ"とは言うようになったなぁ!ユウ!」
「…………毒は消えましたけど、傷は治らないので動かないで下さいね!まきをさん、須磨さん、雛鶴さん、師匠の事しっかり見てて下さい」


宇髄がまだ何か言い出そうだったが、ユウはさっさとその場を後にしようと踵を返す。
いつのまにか禰豆子が居なくなっていたが、炭治郎達の所へ戻ったのだろうと判断して鬼の首を探し始めた。







「終わったな……。疲れた」
「君達は本当に上の話をきかないねぇ」


一安心と息を吐こうとした炭治郎に釘を刺す様にユウは声をかけた。


「ユウさんっ!?」
「……ま、平気ならそれで良いんだけど。これでぽっくり死んだりしたら怒るからね」
「し、死にません!」
「はいはい、大声を出すな、傷に響く。さっさと善逸達の所戻りな。後の処理はやるから」


こくり、と頷いた炭治郎だったが不思議そうにユウを見つめる。ユウは「何?」と促した。


「ユウさん、何処か痛いんですか?我慢している様な匂いが」
「…………あぁそっか、君、鼻が効くんだっけ」


どう言おうかと悩んでいると、そのユウの様子を察した炭治郎が慌てて「無理に言わなくても良いです!」と叫んだ。
だから大声を出すなと言ったのに、とユウが溜め息を吐くと慌てて禰豆子の背中に乗り、善逸達の方向へと向かっていった。気が使えるのか使えないのか微妙な子である。


「さっき炭治郎が慌てて逃げてたが、何か変な事でも言ったのか?」
「別に」


背後からの声に対して驚く事なくユウは地面に座る。


「そもそも遅いよ、錆兎」
「悪いな、これでも急いで来たんだが。……で?何を我慢してるって?」
「しっかり聞いてたのか……」


座るユウに近付き、側にしゃがみ込む。


「右足か?力が入らない様に座っていたな」
「あー……うん、まぁ」
「何でそんなに煮え切らないんだ。他の怪我でも隠してるのか?」


錆兎がユウの顔色を伺う様に、ずいっと顔を近付ける。その時にふわりと錆兎の匂いがユウの方へ寄った。


「……あ〜、近付かないで。無理」
「…………もしかして俺、臭いのか?」


ユウの言葉に慌てて錆兎は顔を離し、自分の着物の匂いを嗅ぎ始める。すんすん、と鼻が鳴る音がユウまで聞こえ、ユウは吹き出してしまった。
その様子に錆兎は顔を歪めたので、仕方がないなぁ、とユウは大きく一呼吸する。


「違うよ。良い匂いだけど、媚薬が抜けきってないから、触らないで」
「えっ!?び、媚薬!?」


媚薬という単語に照れた錆兎を見て、ユウはお前が照れるのか、と飽きれた溜め息を吐いた。


「鬼の毒と媚薬の粗悪品が混ぜられている物を嗅がされたんだよ。毒の方は禰豆子ちゃんにどうにかして貰ったけど、媚薬の方は抜けてないから」
「え、っと、その、だ、だい、大丈夫なの、か?」
「まぁ、師匠に免疫つける様言われてたし。そこまでは」


錆兎にとって未知の世界なのか、ユウと目線が合う事は無い。あれ?とユウは首を傾げる。


「もしかして錆兎って下の話苦手?男なのに?」
「おっ、お前なぁ……」
「師匠とかフツーにしてるけどなぁ」
「あの人と一緒にするな……」


年頃の男だし女の1人や2人、と思った時にユウは勢い良く顔を上げた。


「あっ……もしかして、いや、もしかしなくても、手伝わなきゃいけないとか思った……?」
「…………は?」
「い、いらない!いらない!!あーそっか!確かに!基本的にそういう場でしか飲まないし、こういう場合の処理みたいなの知らなさそうだもんね!ごめん!!」
「……はぁ?」


かなり低い錆兎の声にも気付かず、ユウは続けた。


「でも錆兎だって、格好いい顔してるし、今後そういう事あるかもしれないから慣らした方が良いよ?」
「あ"?」
「え?……えっ?さ、錆兎?どうして急にそんなに機嫌悪くなったの?」
「……別に」


悪いじゃん、と言いそうになった口をユウは慌てて抑える。触らぬ神に祟りなし、直感的にそう感じたのだ。

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