──錆兎は良い奴だ。
だからこそ、自分の様な異常者が深く関わってはいけないと思う。
彼の気持ちも、自分の気持ちも自覚している。
でも、この気持ちを伝えるには、私は人を殺し過ぎた。そして今後もそれは変わる事も止める事も無いと言える。
だから、言葉にはしない。してはいけない。
言葉にしなければ、きっとこの場所で止まって居られるから。

これは諦めきれない、ずるい私の境界線。







──ユウは何か隠し事がある。
どこかで何となく察していた。
けれど彼女が話したく無いなら聞くつもりはない。言わないという事は知られたくない事だろうから。だから無理に暴く事はしたくなかった。
でも、もしそのせいで彼女が苦しんでいるのなら。
自分は無理矢理にでもその秘密を暴くべきなのだろうか。

……どうしても嫌われたくなくて。
それならいっそ今の距離のままで良いんじゃないかなんて。

随分腑抜けたものだ。







窓から差し込む光を浴びてユウは溜め息を吐いた。善逸の心の叫びがユウのいる部屋まで聞こえているのだ。
男子としては勿論当然の欲求なのだろうが、いささかはっちゃけすぎなのではないだろうか。


「……錆兎達もああいう?」
「やめろ、一緒にするな。女なら何でも良い奴と一緒にするな……」


心外だと言いたげに錆兎は顔を顰めた。皆が皆、善逸や宇髄ではないのか、と納得したユウだったが、実際の所女なら何でも良い奴では無いだけで錆兎も男子としての欲求はある。
が、あえてそれを言う事は無かった。


「さて、ユウさん。早速今日もやっていきましょうね」


しのぶはにっこりと笑ってユウの意識を自分の方へ寄せた。
そうだね、と言ってユウも椅子に改めて座り直す。


「大きい事象には使えない。人体として無理の無い程度なら大抵は可能。1度、そうなった事は無かった事には出来ないが、条件付けで可能になったりもする、といった所だな」


義勇がメモを確認しながらそう呟いた。ここ数日でユウ達が確認した出来事だった。
義勇と錆兎としのぶがユウの事について話し合っている。ユウはその様子をぼんやりと見つめていた。


「……私、随分化け物になっちゃったねぇ」


ぽつり、と誰にも聞こえない音量で声にした。
鬼が使える血鬼術が人間であるユウが使っているのだ。禰豆子の件でそんなに対した事ではないみたいな雰囲気になっているが、十分異端な存在だと自覚していた。


「……人間には、思い込みと言うものがあります。興奮状態で痛みが気にならなくなったりした事はありませんか?」


しのぶがそんな様子のユウに気が付いたのか、かなり真剣なトーンでユウへ声をかけた。
思い当たる節があるのでユウは素直に頷く。


「ユウさんのこれは、血鬼術を通して意識的にそれを引き起こす術を手に入れたと私は思っています。……人は思い込みで血が止まらなくなるので、無意識な思いこみで血が止まらない状態なのではないのでしょうか」


1つ試したい事があるんです。
としのぶはユウの目を真正面からみつめた。







あの時、ユウは自分で気付いていなかったのか、ほんの少し青ざめた顔で言葉を零していた。錆兎はその時にやっとユウの心の内側、本心が顔を出した様な気がしていた。
不安だったのだろう。
自分の手に負えないかもしれないもの。死にたくないと前に言っていた彼女が、望んでもいなかったもので殺されるかもしれないと。
だからきっと、しのぶの仮説が正しかった事に、こんなにも安心した表情をしているのだ。


「……ユウ」


錆兎はユウの名を呼んだ。


「良かったな」


錆兎の声にユウは張っていた気が抜けた、柔らかい笑みを浮かべた。

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