3人の骨折が癒えた頃、緊急の司令が鎹鴉から告げられた。
一刻も早く、那田蜘蛛山に向かう様にと。
残念な事にユウは肋骨の折れた3人とは違い、あと数日は様子見な為ここで見送った。流石に「お互い生きて次も会えるといいね」とは言わなかった。
言っていたら善逸はここから動かなかっただろう。
ただ騒がしかった3人が居なくなり、手持ち無沙汰になってしまっていた。暇つぶしにしていた折り紙にも飽きてしまい机に顔を突っ伏している。


「……カーくん。那田蜘蛛山の状況ってどんなのなの?」
「隊員ガ十人入ッタガ、ダレモ戻ッテキテイナイ!鬼ガ数匹居ルトミラレル!」
「…………ここから近い?」
「近イ!癸デモ1日デツク!」
「………………私はあと数日は様子見だから任務入らないよね?」
「今ハナ!」
「……………………行くかぁ」
「怪我スルナヨ!」
「止めない辺り、カーくんも私の事分かってきたよねぇ」
「当タリ前ダ!」


よっこいしょ、とユウは立ち上がり、服に袖を通し準備をしていく。お婆さんは不安そうな顔をしているが、ユウに何も言わなかった。


「さて、それじゃあささっと行ってささっと帰ってきますか!一応傷完璧に治ってないし」


切り火をして貰い、力強く地面をけった。







辺りも暗くなって少したった時、ユウは那田蜘蛛山へと着いた。そこはただただ静かで不気味だ。
気後れもせず、ユウはずんずんと山を進む。きっと鬼殺隊と鬼が戦っている筈なのに、音1つしていなかった。


「あれぇ?おかしいくらいに静かだなぁ」
「そりゃここは"私達の血鬼術の中"だからねぇ、じぃさん?」
「そうだねぇばあさん。いくら爺婆でも子供全員が戦ってるなら儂らも戦場に出なきゃいかんしねぇ」


ユウは足を止めた。
なるほど、と小さく呟くと刀に手をゆっくりと添える。いつでも抜ける様にして声のした背後を振り返るとそこには、いかにも爺と婆らしい鬼が仲つむましく寄り添っていた。


「あぁ、待て待て。儂らを切ってもこの空間は終わらんぞ。"そういう血鬼術"じゃ」


カチャリと途中まで抜いていた刀が止まった。


「……では大人しく解いてくれる?そしたら痛みを感じない殺し方をしてあげるけど?」
「それを"素直に聞く"とでも?お嬢さん」
「お嬢さんはせっかちだから"のんびりしなさい"な」


すぅっと軽く息を吸って体を丸める。
鬼2匹が言葉の端に何か違和感があるのを感じていた。きっと言葉の中に血鬼術をバレない様混ぜているのだろう。


「音、だね。音柱継子の私に音勝負を挑むとはいい度胸だ」


2匹はユウの返答を聞くとにやりと深く笑みを浮かべる。まるでユウを馬鹿にしている様な笑い方だ。


「なるほど、なるほど。"聞き取れる"か」
「だからこんなにも"効きやすい"んだなぁ」


カチリ、と頭の中で何かがハマるような音が鳴った。
一気に体に重量が掛かり、思うように足が前に出ない。小さくうめき声漏らしながらも刀を抜いた。
ーー重い。
兎に角、重かった。
刀も重く、体も重い。気をぬくと地面に膝をついてしまいそうだった。
じくじくと腹が痛み始める。重力に耐える為に腹に力を入れており、傷口は開いてはいなかったが、痛みはじわじわと現れていた。
少しでも早く目の前の鬼を殺さないと逆に殺される。
ユウは冷静な頭でそう判断していた。


「……っ」


一歩、鬼へと進む。
足を上げるのも、下ろすのも一苦労だった。
重力がかかっているはずなのに、ゆっくりと足が降りる。まるで、自分の体が意識に追いついていないみたいな、とても"のんびり"動いていた。


「あぁ、お前さん腹を怪我しているのか」
「可哀想に、可哀想に。"傷が開いて悪化してるじゃないか"」


音にならないが、はく、と口が動く。
脂汗が湧き出た。どろりと腹から血が出るのを感覚で感じる。
ただ、一瞬でもちゃんと相手の音が"聞き取れていた"のだ。


「……っぐ、なる、ほど、ね。これで"言う通りに動く"、訳かっ」
「あれあれお前さん、"傷口から血が止まらない"よ」
「大丈夫かい?"大丈夫じゃない"ねぇ」
「……はは、"痛みで、のんびりしてた体も元通り"だよ」


ユウがそう呟くと爺の方の鬼の首がコロンと地面に転がっていた。
首を切られた鬼は何が起きたのか分からないといった様子だったが、自分の首を切られた事は辛うじて理解した様だ。


「なっ!お前っ!我々の音を真似しただと!?それでどうして効果が出てるんだ!」
「音は"素直に聞く"事で"聞き取れる"し、お陰様で"効きやすい"よ」
「お前っ!」


爺が怒りで声を荒げようとしたが、首を切られ崩れていた体は口元さえ崩れさせてしまった。後はもう時間の問題だ。
すぐに婆の方へ向き直る。
じわじわと隊服が赤く染まっていく。もう時間が無かった。


「はっ、それでも"言霊の消去は出来ない"んだ。お前さんは此処から出られない」


ははは、と1人残された婆は笑う。先程までとは違って余裕は無くなっているが、ぎりぎり優勢を保っているからだろう。


「そんな事ない。"鬼を1人倒した後に残りの鬼が力を使ったから、残りの首を切れば血鬼術は解ける"でしょう?」
「っ、小娘ェ!無駄に頭だけは回りおって!……まぁ、お前の傷は"大丈夫じゃない"し"血は止まらない"からなっ!血がなくなるまで遊んでやるっ」
「"止血すれば血は止まるから大丈夫になる"常識でしょう?」
「ぐ、……"誰かに"な!ここにはお前さんしか居ないが!どうするつもりだ」


言った言葉の取り返しが付かなくても、別の言葉を"新たに乗せて変更する事"は可能だった。ものは試しだったが体が動いた事でそれは問題ないことに気付けたユウは言葉を続け、自分にとって良い方向へと全てを持ってきている。
血鬼術の解き方と血の止め方は"作った"から後は首を切るだけだった。


「どうするも何もない。"炭治郎達は絶対生き残る"。そこで止血してもらえば問題はない」


霙の呼吸、とユウが小さく呟くだけを鬼は聞き取った。
気付くと首は胴体と離れており、先程切られていた鬼は跡姿も無い。自分もあと少しでああなるのだろうと鬼は悔しさで顔を歪めた。


「まだだ、まだだっ!思い浮かべた人間の止血は効かないっ!"お前は血が足りなくて動けなくなる"し、"思い浮かべた人間は近くに居ない"んだからな!」
「……なっ!?」


一気に全身から力がぬけ、ユウはその場に膝をついてしまった。刀に手を伸ばす事も出来ず、目が霞み、明らかに動ける状態では無くなってしまう。
早く、鬼が消える前に、どうにかしなければならないのに、頭が回らない。鬼はそんなユウの様子に、道連れだと言いたげに笑った。


「血が抜けて死が近付いてくるのを恐怖すればいい!」


ははは、と大きな笑い声を上げて鬼は崩れていった。
ユウは耳をすます。やっと刀同士がぶつかる音が聞こえたがもう動く気力もなかった。


「……ま、あの3人だったらやられちゃってただろうし、相打ちでも後輩を守れたな、ら、良かった、かな」


ゆっくりとユウの体は地面へと倒れたのだった。

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