第2話 始業時間


ふぁ〜、とユウは大きな欠伸を漏らした。手を上に伸ばして左右にゆっくりと倒しストレッチをする。筋肉を起こす為にゆっくり、けれどギリギリのラインまで伸ばしていく。


「ユウさん、もうすぐ入場出来るよ」
「ん、分かった。いつもごめんね、リュウ」
「気にしないで。こっちに戻ってきてからやる事なくて暇だし」


立った状態から膝裏を伸ばしユウは手を床につける。掌全体が床につき、そのまま肘を少し曲げる。ぐぐっと体が伸びるのをユウは感じた。


「おし、準備体操はこんなもんでいいや。中入ろっか」
「うん。……例の人達は本当に来るの?」
「あー。まぁ来ると思う。白雪からはもうすぐ出るって連絡来たし、一緒に来るんじゃないかなぁ」
「……分かった」


ユウと一緒に荷物をまとめながらリュウは白雪達について聞く。ユウが誰かを呼ぶなんて初めての事で驚いているのだろう。少し落ち着かない様子で準備を進める。


「ま、来てもやる事は変わんないから安心して。白雪達の面倒見てまでは言わないから、さ」
「……頼まれても断る」
「頼まないよ。私の面倒見てくれる人居なくなっちゃうでしょ」


よいしょ、とエナメルバックを肩に担ぐ。その側でリュウはフラフープの入った袋を持ち、ユウの横に並んだ。


「……さて、今日も1日頼むね。相棒」
「うん」







ピッ、と電子カードが読み取られ改札を通り抜ける。駅を出ると日差しが眩しく目を細め、影を作る為に手をかざした。


「うわっ、眩し!」


大げさなジェスチャーをしてオビも白雪の後を追うように駅から出てくる。


「オビ、まだ朝なんだから声は小さめに!」
「分かってますよ、旦那」


オビの後からはミツヒデ、木々、ゼンが着いてくる。結局生徒会のメンバー全員でユウを見に来ることにしたのだった。ユウから聞いた入場時間の10分前に駅に着いたので白雪はほっと一息を吐く。使い慣れていない電車を使う時、迷子にならないか少し心配になってしまうのだ。


「えっと、すぐ近くにある歩道橋を渡って道なりに進めば体育館に着くみたい」


ユウから体育館までの道なりを聞いた白雪は周りを見渡しながら歩道橋を探す。少し道へ出て横を向くと数人の団体がいくつか纏まって歩道橋を登っていた。


「お、あの人達も同じ目的地っぽくない?主!行きますよ」
「分かったから!分かったから、耳元で声を出すな」


着いていく様に白雪達は歩道橋を登る。歩道橋を降り、道なり通りに歩いて行くと大きな体育館が見え行列が出来ていた。


「……うわ。これ並ぶんですか?」


面倒臭いと思っているのを隠しもせずオビは顔を顰めた。白雪もあまりの人の多さに息を呑む。サッカーや野球に比べると少ないが、新体操という競技の人気を目の当たりにした様であった。


「白雪!」


仕方がなく並ぼうかとしている所に白雪の名前を呼ぶ声が響いた。声のする方を見ると半袖のTシャツに半ズボンの少し寒そうなユウが手を振りながら近づいて来ている。白雪は安心したようにユウの名前を呼び返す。


「見慣れた髪色だったから声掛けたけど合ってて良かった。……やっぱり生徒会長達もきたんですね」
「来ていいって言ったからね」
「…………ですよね」


まぁいいや、とユウはポケットから1枚の紙を白雪へと渡す。白雪が受け取りその紙を見ると時刻表であった。


「軽く説明しますね。最初の団体戦っていうのが……5人でやる競技です。その後、休憩が少しあって個人戦が始まります。私はこっちの……フラフープの最初と、リボンの中盤に出ます。何か聞きたい事ありますか?」
「いや特には無いな。普通に入ればいいんだろう?」


そうですね、とユウは淡々と告げた。じー、とオビを見つめていたがオビが視線を感じユウを見る前に目を逸らす。選手は別口から入る様でユウは白雪に位置の説明をすると来た道を戻る様に白雪達に背中を向けた。







ユウは体育館の中に戻り、手具を取り出す。団体の演技が始まりサブでは音を出さずに練習が開始されていた。
フラフープ1番、リボン8番がユウの番であった。まずは最初のフラフープを真っ直ぐ投げる。回る事をせずにそのまま手具を取った。団体が始まる前に公式練習があり、仕上がりは上々である。


「ユウさん、今日は公式戦じゃないのに妙に気合い入ってるね」


流石に毎回ユウの様子を見ていたリュウにはユウが浮き足立っているのが分かったのだろう。手を下ろしユウはリュウに向かって笑う。


「なにせ白雪が見てるからね。啖呵を切ったならそれ相応の物を見せなきゃ」
「……ユウさんはいつも通り楽しんでやれば順位なんて関係ないよ」
「ありがとう。ま、白雪以外にも来てるからね。軽く私を舐めてる所があるしガツンと見せないと」
「そう…………。それでユウさんがいいなら良いけど」


ちらりとリュウは周りを一瞥する様に顔を動かす。ユウが楽しんで演じている演技かリュウは好きなのだ。それがリュウにとって1番大事な為、順位はそれ程重要視していない。


「大丈夫だよ、リュウ」
「……ユウさんだからそこまで心配はしてない」
「あはは、ありがと」







ふむ、とゼンは顎に手を当てて頷いた。


「主?どうしたんですか?」
「……いや、こうまじまじと見る機会も無かったからな。新鮮で」
「まぁ、女子のレオタード姿なんてそうそう見る機会ありませんしね」
「お前は…………そういうことじゃない」


分かってますってば、とオビは笑い、白雪は目をきらきらと輝かせて待っている。今は丁度団体戦が終わり休憩中で、ユウの番までもうすぐであった。白雪は今か今かと時間を待っているユウをじっと見つめる。


「……あの小さい男の子誰だろうね。白雪知ってる?」
「いや、知らないです。でもきっと…………えっ!!」


木々が尋ねると白雪は何かを言いかけたが、驚いて口元を抑えた。何事かと他の面々も白雪の視線の後を追うが別段気になる事は無い。どうしたのかとゼンが口を開く前に白雪は慌てて両手を左右に振った。


「な、何でもない!!私の気の所為だったみたい!」


取り繕う様子が余りにも挙動不審であり不思議そうに白雪を見つめるがなにも言わまい、と口を閉ざしたままだ。まぁ白雪の事だから、本当に何かある場合はちゃんと言うだろう、と追及せずに正面へと視線を戻す。それを見て小さく息を吐いたのを聞き、ゼンは少し口角を上げる。


「あ、始まるみたいだね」


木々がマット前に立って背筋を伸ばし自分の名前を呼ばれるのを待つユウを指差す。先程、ユウと一緒にいた少年は音響ブースの所で待機してるのを見る限り音楽担当なのだろう。
新体操の個人競技は1分30秒内で終わる短い演目。その中で手具毎に入れなければならない動き等がある実は守らなければならないルールが多い競技だ、とゼンは白雪から聞いていた。白雪もユウから聞いているらしくあまり詳しくは分かんなかったと笑っていたが。
その中で自分が用意した曲に合わせてマット全体を使う振りを考える、らしい。


「はい」


凛としたユウの返事が会場内に響くとユウは堂々とマットの上に乗り動きを止めた。
ピン、と頭の音が鳴ると曲が流れ始める。そしてユウが持っていたフラフープは高く投げられた。







──唖然。
そう表現するのが正しいのだろう。
隅々まで行き渡っている神経。
計算された魅せ方。
見ている者を見惚れさせる程であった。


「……っ」


知らずのうちにごくりと唾を飲み込む。
ユウが止まり、礼をして、マットから降りるまで時間が止まっていた様である。少ししてパラパラと拍手が鳴り始めた。


「ほぁ〜ユウってこんなに凄かったんだー」


白雪もパチパチと手を叩きながら少し惚けている様だ。


「ねー聞いた?一条さんオリンピックの選手に入るかもって噂」
「まぁあんだけぬきん出てれば入りそうだよねぇ」
「同世代の子達は可愛そうよねぇ。うちの子もすっかり一条さんに追いつくのは諦めてるわ」
「あの才能にはねぇ」


他の選手の親だろうか、ユウの名前を出していた。
ユウは毎日頑張って練習しているのを白雪は知っている。暇を見つければ先生にバレない様に軽い筋トレなどをしているのを知っている。

『まー同世代から見たら私は邪魔者だしねぇ。でも周りはもっと上を求めるから困ったもんだよ〜』

そう、なんとも形容しがたい様に笑っていたのも知っている。彼女は自分の時間を潰して新体操をしているのを知っている。白雪は知っていたのだ。


「うーん、まぁ凄いのは分かるけど、学校の方ももうちょっと力入れて貰わないとなぁ。校外活動は学校生活の方が問題ない事が前提だし」
「……まぁね。白雪もあんまり甘やかしちゃ駄目だよ。本人も校外活動の条件を知っているわけでやってるんだし」


そんな事はとうに分かっていた。


「で、でもさ、友達だし、フォローするのは別に、」
「今はいいかも知れないけど、お嬢さんに頼りっきりになったら生徒会としても困るし、お嬢さんも少しは控えめにしないと」
「確かにこの間みたいに白雪に頼んだ仕事を後にして彼女を手伝うのはまた違うしな」


皆から言われて白雪は黙ってしまう。タイミング良く次の選手の演技が始まった。

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