第1話 朝礼


フレックス、ポイント。
膝を伸ばし確認する様に足首を動かす。前に出した足を半円を描く様に後ろに運び、ルルベアップしてキープ。少しして全身の力を抜いて形を崩した。


「……よし、今日の調子も大丈夫」


今日も変わらず動く事に安堵し、首に掛けていたタオルで顔の汗を拭き取る。ふぅ、と軽く息を吐くと室内の掃除を開始しようと掃除用具のロッカーの元へと向かう。
時刻8時前。
そろそろ朝練の無い生徒達がぞろぞろと登校してくる時間であった。







「ユウ、おはよう」


教室で荷物の整理をしていると横に笑顔で白雪が立っていた。手を止めてユウも白雪を見る。


「おはよう、白雪」
「今日も練習してたの?」
「まぁね。白雪こそ朝から生徒会でしょ?大変だよね」
「やりがいあるよ!ユウもどう?」
「遠慮しとく。練習したいし」


そっか、と頷くと白雪はユウの前の席に座る。窓が開いており、そこから入る風が白雪の赤い髪を揺らす。ゆらゆらと目の前でゆれる白雪の髪へとユウはゆっくりと手を伸ばし、優しく触れた。


「……白雪は髪の色が綺麗だよね。地毛なんでしょ?」
「うん」
「いいなぁ。私染めてるからなぁ」
「ユウなら黒でも合うと思うのに」
「あはは、そんな事言うの白雪くらいだよ。ありがと」


触れていた手を離し机に肘をつく。白雪と居るととても穏やかな気分になれるのだ。朝から爽やかな気分になれ、練習の熱を少し冷ます事が出来る。授業なんか受けるよりも練習をしていたい、と思ってしまう程ユウは練習馬鹿なのであった。


「悪い、白雪は居るか?」


廊下側の窓から生徒会長であるゼンが教室を覗く。その側には副会長のミツヒデ、会計の木々、広報のオビが居る。白雪はユウを一瞥するが、「気にしないで」と白雪を送り出した。
もう直ぐ文化祭の時期なのである。忙しくなるのは仕方がないのに白雪は凄く申し訳無さそうにするのだ。ユウだって練習やら何やらで白雪を放ったらかしにする事が多々ある為お互い様だと思っているが、白雪はそうでは無いらしい。
あの様子だとお昼は1人かなぁ、と他人事の様にユウは机に突っ伏したのだった。







お昼は1人かなぁ、と思っていた朝。そんな事は無かった。


「悪いな、俺達が集まれる場所って言ったら生徒会室しか無くて」
「学食は混んでるしなぁ」
「良かったね、白雪」
「へ〜?これがお嬢さんが言ってたお友達?」


一般生徒の立ち入りを禁止されている生徒会室。そこに一般生徒のユウが居るのだ。いずらさが勝ってしまい、これなら1人で教室で食べた方がマシだった。白雪には悪いが早く食べて教室に戻ろう、と決めお弁当を開く。


「へぇ、ちゃんとしたお弁当じゃん。自分で作ってるの?」


珍しそうにオビがユウへと声をかける。見た目は近寄り難いかもしれないけれど、以外に周りを見ている為に彼が広報なのに意を唱える人は居ない。そんなオビに声を掛けられ全て見透かされている感覚に陥りながらも返事を返す。


「……いえ。母親が」
「ふ〜ん?やっぱりそういうもんなんだねぇ。俺とお嬢さんが作ってる方が珍しいのかな?」
「それもあるかもしれないけど、ユウは練習で忙しいからね」
「あ、それそれ。凄い気になってたんだけど何部入ってんの?女子で朝練もある部活って少ないよね?手に豆は無いしテニス部って感じでも無いし。バスケ部?」


ユウは手に持っていた箸を箸入れに戻す。慣れた手付きでまだ残っている弁当を畳み風呂敷で包み直した。


「食べ終わったので失礼します」
「……え?いや、まだ全然残って」
「失礼しました」


弁当を持ち、返事を待たずに生徒会室から出る。あの一瞬であそこまで見られてるとは思っていなかった。別に隠している訳では無いし、聞かれたら答えたって構わなかった。けれど、どうしてか、オビに答えたくは無かったのだ。


「……あと2限、あと2限頑張ればいい」


どんな扱いをされようとユウにとって練習は何よりも変え難い物なのだ。残っている弁当を食べきる為にユウは教室へと戻る。
そのユウが居なくなった生徒会室では扉の方を見ているオビを無言で他の者が見つめて居た。


「…………え?俺、何か変な事聞きました?」
「いや、別段普通に感じたが」
「気付かない所で何かやってたんじゃないの」
「オビだもんなぁ。顔が怖かったとか」


ゼン達も白雪の友人と聞いて話したい事や聞きたい事が色々あったのだが、オビの所為でそれが叶わなかった。苛立ちをぶつける様に文句を口々に言う。


「白雪、あの子は部活を聞かれるのが嫌いなのか?」
「いや……聞いたら普通に答えてくれるよ?」
「やっぱりオビの所為じゃないか〜」
「で?何処の部活なのさ」


拗ねた様にオビは白雪に確認を取る。ユウが言わなかった事を答えて良いのだろうかと一瞬口を閉じる白雪だったが、ゼン達が調べようと思えば調べられるのだ。どっちにしろ知られる事になるなら、とオビに対する問いの答えを口にする。


「英会話部だよ、学校外で新体操やってるんだって」







顧問に頼み込んで朝の時間に英会話部が使う教室をユウは借り、週一の部活も免除して貰っている。その代わりに教室の清掃を行っているのだ。


「起立、礼、さようなら」


挨拶が終わったらユウは教室を出て下駄箱へと急ぐ。靴を履き替え、イヤホンを耳に挿して自宅近くの体育館へと電車で向かう。だが今日はそれが叶わなかった。


「ユウ!ちょっと時間ある?」


申し訳無さそうに白雪はリュックを背負ったユウを引き止めた。


「あのね、本当に申し訳ないんだけど英会話部に資料の英語部分をお願いしてて、その提出が今日までなんだけどまだ来てなくてね。顧問の先生から受け取って生徒会室まで提出してくれないかな?」
「それくらいなら平気。白雪忙しいでしょ?生徒会室に行ってて良いよ。受け取って提出しに行くから」


ごめんね、と頭を下げると白雪は慌ただしく廊下を駆けていく。ルールを守らなきゃいけない生徒会があれ程忙しくなる文化祭は大変だなぁ、と下駄箱では無く職員室へと向かう。
顧問の先生が生徒会室へと出しに行けば良いのに、と思いながらも融通を利かせて貰っている身である以上少しは手伝わなくてはいけない。職員室へ入り顧問の先生の元へと向かう。


「あぁ!丁度良かった!悪いんだけど作成者の所空白でさ。一条さんの名前書いてもいいかな?」
「え?」
「本人じゃないと駄目なんだけど、部長書かずに帰っちゃったらしくて。別の人の名前でも良いって確認とったからどうかな?」
「だ、大丈夫です」


先生は良かった、と安堵しながら書類とペンをユウへと向ける。名前を書き終わるとペンを返し、書類を提出する為にお昼に来た生徒会室の扉をノックした。少しして「どうぞ」と声が聞こえる。


「失礼しま」
「あぁ!ユウ!ごめんね!ありがとう」


ユウに気付くと白雪は行なっていた作業を止めてその場から立ち上がろうとする。ユウがそれを止め、出口から1番遠い席に座っているゼンへと書類を渡す。ゼンはそれを受け取り記入漏れが無いか目配せして動きを止めた。


「あ〜、えっと一条さんであってるよな?」
「はい」
「悪いが再提出だ。英訳が初っ端から間違っている」
「…………は?いや、それ書いたの私じゃなくて部長が書いたから合ってる筈だと思いますよ」
「……いや、記入者に一条さんの名前が入ってるぞ?それに初っ端は挨拶から入るから俺も見間違えようがない」
「ちょ、ちょっと確認させて下さい」


ゼンはすんなり書類をユウへと戻す。ユウが確認すると確かに最初の"はじめまして"が全く別の長文になっていた。


「…………!!」
「悪いが今日中に頼む」
「あ、ユウっ!それなら私やっとくよ」


何も言わなくなった私にゼンはそう告げると作業に戻る。白雪が慌ててユウの手から書類を取ろうとするとゼンが白雪の名前を呼んだ。


「いくら仲良しだろうが、これは英会話部に頼んだ仕事だ。一条さんが部員なんだからそれを俺達がやるのは違う」
「でも、ユウは練習が……」
「校外の事は学校では関係ない。ただでさえ特例扱いされているんだ。これくらいはやって貰わないと」
「……っでも」
「白雪」


白雪はユウがどれだけ新体操に掛けているのか知っている。だから自分が頼んだ所為でユウに迷惑がかかるのが嫌なのだろう。けれどゼンが言っている事は全て事実だ。これ以上白雪がこの生徒会に居づらくなってしまうのは本意では無かった。


「分かりました。今日中に提出します。あそこのスペースをお借りしても良いですか」
「構わん」
「ユウっ、ごめ」
「謝らないで、白雪。これは白雪の所為じゃないよ」


これ以上は何を言っても白雪は自分を責めてしまうだろう。早めに終わらせよう、と思い荷物を下ろす。少ししてリュックからケータイを取り出し、生徒会室を一度出た。ケータイを起動して連絡先を開く。慣れた手付きで目的の人物へと電話をかける。
通話が終わると生徒会室へと戻り、シャーペンを取り出し新しく貰った紙に書き直し始めた。白雪は申し訳無さそうにユウを見ていたが、ユウのシャーペンが動き出すと諦めた様に自身の仕事へと手をつけ始める。
カリカリとシャーペンが紙に文字を書く音がやけに部屋に響く。ユウは英語が得意な訳では無い。週一の部活動、というかなりの緩さだった為に入っただけであった。けれど苦手という訳では無い。簡単な文章だけなので書き出して一応合っているか調べる、を繰り返す。


「……ふぁ〜。主〜休憩にしませーん?」


沈黙に耐えられなくなったのかオビが背筋を伸ばしながらくちを開く。それもそうだな、とゼンはミツヒデに茶を入れる様指示した。


「一条さんもどうだ?」
「いえ、大丈夫です」
「……ユウ、要らないの?」
「…………お言葉に甘えて頂きます」


ゼンがユウへと声を掛けるが、書類から目を離す事なく遠慮する。だが白雪がユウへと声を掛けると渋々と言った様子でユウは手を止めた。その様子を見てオビは声を出して笑う。


「あはは、お嬢さんに弱いのは主だけじゃなかったね」
「そうですか」


しらっとオビを流し白雪の隣へと移動する。白雪はじー、とユウから目を離さない。


「何?白雪」
「……ごめん」
「いいよ、別に。1日くらい練習しなかったからって何が変わる訳でもないし」
「前に1日でもやらなかったら鈍るって言ってなかった?」
「……確かに言ったけど、別に大会が近い訳じゃないから」
「…………もうすぐあるんじゃないの」
「………………大きな大会じゃないし」


むすり、と機嫌が治らない白雪にユウは大きな溜め息を吐いた。


「分かった。じゃあ来て。見に来て。何がなんでも見に来て。……それで私が平気な事が分かれば良いでしょ」
「良いの!?前に嫌だって言ってたのに」
「……だってレオタード姿なんて見られたくないし」
「気にしないのに!行く!絶対行く!」


目をキラキラと輝かせて白雪は食い気味にユウへと詰め寄る。その様子にユウは苦笑を漏らした。


「お待たせ。一条さん、普通のお茶で良かったか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「ねーねー一条さん、俺も行ってもいい?校外の生徒の活躍なんてあんまり知らないからさぁ」
「……嫌だって行っても来ますよね?」
「あはは」


オビは何も言わずに笑う。読心術が使える訳でも無いユウはその目からは何も分からない。ただ、1つ言えるのは。


「……どうぞ。私に来るなと言う権利はありませんし。来て欲しくないとは言えますが」


新体操の会場はフリーだ。写真撮影などには規制があるものの、入ろうと思えば誰でも入れる。ただ、女性ばかりな為男性は1人ではとても来にくい雰囲気は若干あるが。


「そっか、そっか!ねぇ主達も一緒に見に行きましょうよ!良い機会じゃないですか」
「それもそうだが……」


ゼンは伺うようにユウへと視線を向ける。構わないと言っているのに「嫌だ」と言えば遠慮しようとしてるゼンにユウは小さく吹き出す。なんとなく、ゼンが生徒会長に推薦で選ばれたのも納得出来た。


「皆レオタード姿なんで白雪に粗相なものを見せないならご自由にどうぞ」
「……は?…………なっ!!?」


ユウがぼかし伝えた事の意味が分かったのかゼンは顔を真っ赤にさせ否定の言葉を並べ、オビは腹を抱えながら顔を真っ赤にさせて大笑いしており、ミツヒデはユウの口から出た言葉に目を丸くさせ、木々は呆れた様に溜め息を吐いている。


「え、え?どういう事?」


白雪は1人意味が分かっていなかった。

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