見覚えの無い常連さん



屈辱であった。
それはそれはもう人生1番の屈辱である。
ユウは"女だから"と一線を引かれるのがとても嫌いだったのだ。女だって男と同じ事が出来るのに、と苦虫を潰した様な顔で城下町を歩く。


「……信じらんない!!なぁ〜にが"ユウちゃんは女の子なんだからこんな重い物持ったら駄目だよ"だ!!軽々と持てるっつーの!」


肩に掛けている鞄を意味も無く乗せ直し、ふん、と勢いよく鼻を鳴らす。時刻は丁度正午。ぐー、とかなり豪快な音が鳴った。


「…………お腹空いた」
「…………ぷ。……ふは、あははは!」


耐えきれず吹き出した、といった様子の笑い声がユウの耳に入った。かなり鈍いという訳では無いので、勿論ユウの事を何処かの誰かさんが笑ったのであろう事は予想がついた。


「……人の独り言を盗み聞きとはいい趣味してますね。何処の誰かさんかは存じませんが」
「はは、いや〜ごめん、ごめん。欲望に忠実だなって思って」
「…………いや、本当誰?」


顔を見ると眉毛の所に小さな切り傷のある男が涙を拭いながらユウへと笑いかける。その顔には見覚えが無いユウはさっさと立ち去ろうと踵をかえす。


「まーまーまー、一杯どう?」
「知らない人にはついて行ったら駄目だって知らない?」
「いやぁ、もう話してる訳だし知らない仲では無いでしょ?」
「名前も知らない人を知り合いとは言いませ〜ん」
「そっか、そっか。俺オビね。よろしく、ユウ嬢」


ぴたり、とユウの動きが止まる。どうして彼は自分の名前を知っているのだろうかと。怪しい、と直感的に思う。
じとり、と睨んでいるとオビが隣へと並びユウの肩を抱いた。


「ちょっ!!」
「しぃ〜。ちょっと黙ってて」


肩を抱かれた事により近くなった距離でオビは少し身を屈め、口元に反対の手の人差し指をあてて"しぃー"とジェスチャーをした。そんな事をしなくても理解できるのに、と子供扱いされた事に腹を立てる。そもそも何故自分はこの男の言う事を聞いているのだろうか。言いなりになる必要性を感じなかった。
オビの顔をまじまじと見上げると前を向き、にやにやと人の悪い笑みを浮かべていた。後にオビなりの精一杯の作り笑顔だと知るが、余りの下手さにユウは溜め息をつく事になる。


「……ちょっと!!離してってば!意味わかんないんだけど!!」
「あ、こらっ」


ぐい、とオビの胸元を押すと慌ててユウと目を合わせ制してくる。けれどユウはそんなものは御構い無しにぐいぐいと押し距離を離した。


「さぁて、理由を聞こ……」
「ユウちゃん!」


先程まで聞いていた声がユウを呼んだ。


「…………え?」
「大丈夫!?何もされてない?安心して、直ぐに相手を捕まえるから」
「……あちゃ〜」


ユウから荷物を奪い取った同じバイト先の男が、オビとユウの間に入る。


「……え、何で、ここに?」
「たまたま配達の途中でね。凄い嫌がってたから、助けに入って正解だったよ。……あの野郎、俺のユウちゃんの肩を抱きやがって。後で、俺が、除菌して、あげるね」


目の前の人物がユウに好意を寄せているのは理解していた。それ故の行動だったのが分かる為に怒るに怒れなかったのだった。
____けれど、彼は、逆方向の、配達だったのでは?
そもそも彼は何と言っただろうか。"俺のユウちゃん"と言われる仲では無い。彼の目は心配と言うよりも、もっと、別の____。


「あらら、勘違いもここまで来ると酷いね」


さして驚きもせずにへらりと気の抜けた笑みを浮かべてオビは彼との距離を詰めた。


「悪いけど、ユウと俺は付き合ってるから退いてくれる?……勘違い男さん」
「何言ってるんだ!?俺が、ユウちゃんと、付き合ってるんだぞ!馬鹿な事を言うのは辞めろ!勝手に呼び捨てにするな!!」
「付き合ってる?……そうなの?ユウ」


オビがユウへと確認する様に尋ねると男もユウへと顔を向ける。男の言っている事がユウにはまるで分からなかった。けれど此処でオビを否定する事が結果的に彼を助ける事になる事は理解出来た。


「……あ、私、えっと…………貴方といつ付き合った事になってるの?」
「何を言ってるんだ?……あ、さっきこいつに脅されてるから本当の事が言えないの?俺達はお互いに助け合って仕事していただろ?ユウちゃんは俺だけを助けてくれた、俺もユウちゃんだけを助けてた、でしょ?」


目が据わっている。こんな人間が居るのかと、言葉が通じない人が居るのかと、ユウは自身を抱く。それは恐怖であった。


「はいはい、そんなの仕事なら当たり前でしょ?あんたが仕事1番出来てないんだから。……勘違いだって分かったんなら、さっさと仕事に戻りなよ。それとも、俺が誰か知った上でそれ、言ってるのかな?」
「誰だって言うんだよ、俺はだな……!」
「名乗って無かったね。ゼン殿下側近のオビです、どうぞ、よろしく」


え、とユウの口から息が漏れた。
ゼン殿下と言えば、思い付くのは1人だけである。


「…………な、う、嘘を付くな!」
「ほら、身分証」


オビが胸元から身分証を出すとチャリと金属が擦れる音がした。それは確かにゼン殿下側近であるオビの身分を証明するものである。


「……〜っ!!」


男は顔を真っ赤にさせて怒りを口に出そうとぱくぱくと開閉するが、結局はぎゅと口を力強く閉じその場から逃げ出してしまった。男の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、オビは大きな溜め息を吐きながら身分証をまた胸元へと戻す。


「さて。それじゃ俺はこれで」
「……ま、待って!?何で、その、此処まで助けてくれたの?」


踵を返したオビが止まり、ユウの方へと顔だけ向ける。


「あんたのお店の常連だからね。仕事出来る人が居なくなるのは困るんだよ」


返事を聞かず左手を軽く振りながらオビは人混みの中へと消えて言ってしまった。残されたユウはただ呆然とオビが消えた方向を見つめていた。



*****
似た様なテイストのものがありますが、ストーカー(もどき)からオビに守ってもらう話になりました。
夢主は裏方作業員なので常連のオビの事を知らなかった、だとか、お客さんに興味が無いからオビの見覚えが無かった、とか悩んだのですがあえてそこは決めずに書いてみました。
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