理想郷 ◆軽く怪我や人を殺している描写が有ります。 ____いつか、木々さんの様な立派な剣士になるんだ。 ユウはそう心に決めて城の門を叩いたのが数年前。 最初は女だから、と色々と雑務を押し付けられたり叩きのめされたり女として生きていれば基本的に経験する事がない様な扱いを受けた。 けれど体を動かすのが好きなユウは剣を手放して家に帰るという事が考えられなかったし、馬鹿にした男共をぶっ飛ばさないと気が済まなかった。 ぶっ飛ばして床の雑巾掛けや反撃無しの一方的な打ち合いをやり返したくて仕方がなかったのだ。 「……くっ」 目の前に膝をつく男を見て特に何も思わなくなったのはいつだろうか。 努力の甲斐があってあの頃ユウを馬鹿にしていた剣士と呼ぶ事さえ憚れる様な男共はユウに膝をつかされ、挙げ句の果てにやった事をやり返され辞めていった。 剣先を一度払ってから鞘に収める動作をユウは行う。持っているのは木刀である為にそんな動作を入れる必要は無い。 「……お前…………優しさが無くなったな……」 「容赦無く打つように言ったのは殿下ですが、気に障ったのならやり直しますか?」 いや、と否定してユウの前に膝をついていたゼンはゆっくりと立ち上がった。そしてユウへと真っ直ぐ右手を差し出す。 「ありがとな、忙しい所を」 「いえ、私こそ殿下とお手合わせ出来て良かったです」 ユウは差し出された手に自身の手を重ねる。軽く握手するとゼンはさて、とユウを呼び出した要件を口にした。 「俺の側近の手伝いをしてくれないか?」 ▽ 「ねぇ?聞いてる?ユウ嬢〜」 「聞いてます、聞いてます、黙って下さい」 ちぇーと唇を尖らして子供の様に拗ねるオビにユウは呆れて溜め息を吐いた。 「何でそんなに呑気なんですか。これから盗賊団を相手にするんですよ」 「いや〜だって話じゃ対した事ないじゃんか」 「はいはい、聞いた私が馬鹿でした」 ゼンから承った話は最近活発に活動している盗賊団の壊滅であった。人数が少ないのもあり、側近のオビと手伝いの剣士を探していたという事だ。その盗賊団も人が居ない家に入り込んで盗むという、いわゆる小心者の強盗の様なものである。 それを聞いていたオビは慣れているのだろう、余裕綽々で森の中をユウと並んで歩いている。会話というオプション付きで。 「お、見つけたよユウ嬢」 オビが森の先を指差した。その先には呑気に灯をつけて晩酌をしている話通りの盗賊団がわいわいと楽しんでいる。 「うわ〜いいな。ね、ユウ嬢、帰り飲んで帰ろうよー」 「……無事終わったら、考えてあげます」 「おっ、やったね。それじゃあ取り掛かりますかぁ」 体を伸ばしてオビは一足先に盗賊団の方へと向かって行った。予定した動きと全く違うオビにユウは何度目かの溜め息を吐く。 ユウも行くかと腰に刺してある真剣の持ち手へと手を掛け顔を上げるとオビが動きを止めていた。 「…………?」 オビが他の剣士と手合わせをしている所をユウは何度も見ている。どうして動きを止めているのかと出しかけていた足を戻し息を殺す。 「う〜ん、困ったなぁ」 「分かったらさっさと降伏しろ」 盗賊団の1人の側には怖がって泣いている小さな子供。こんな夜に何故紛れ込んでしまったのか不思議に思いながらも動けないオビの代わりに子供を助けるべくその場から音を立てずに敵の近くへと寄る。 「……嫌だ、って言ったらどうなる〜?」 「この子供に傷が付くだけだな」 「それは困ったなぁ〜」 へらへらと笑うオビに盗賊団は苛立つ事なく子供へと刃を突きつける。 「さて、まずは道具を置いても、」 「その必要は無いです」 盗賊団が言い切る前にユウは後ろから首元に剣先を向ける。ひゅう、とオビが口笛を鳴らした。 「さて、その子から手を離して頂きましょうか。……首が要らないというのなら別ですが」 「……分かった、分かった。ほらよ」 盗賊団はすんなりと手を上へと上げた。ユウがオビへ視線を向けるとオビはクナイを腰に刺し直し子供の側へと寄る。 「さーて、怖かったね〜。……これさ、ユウ嬢の方が良かったんじゃない?俺こんな顔だし」 「勝手に突っ込んで行ったのはどちら様でしたかねぇ」 「あはは……ほら君、早く戻り、……な?」 ぐじゅり、と嫌な音がやけに鮮明に聞こえた。 泣いていたはずの子供は目元が少し赤みが残っているものの随分と冷めた目をしていた。ユウが盗賊団越しに見たのは、先程まで泣いていたはずの弱々しく子供がオビを短剣で刺している場面。 「ぅ……ぐ、るだった、訳か」 オビが腰に刺し直したクナイを手早く抜いて目の前の子供に向かって、動かす。それを見届ける事なく首元に向けていた剣を強く押し込んだ。 死体となった体を横に振りオビの元へとユウは走り寄る。 「オビさん、大丈夫ですか」 「いや、困ったね、足をやられた。肩を借りれば動けるけど……」 どうやらそんな暇は無いみたいだ、とオビが笑った。オビとユウを残りの盗賊団が囲う。血が垂れているユウの真剣を構え直す。 「じゃあそこから動かないで下さい。背後の様子だけ伝えてくれればいいです」 「……了解」 ぎゅ、と柄を握りしめユウは力強く地面を蹴った。 盗賊団の残り数は10人程度。1人でどうにか出来る数だが人を守りながら、というのはユウにとって初の試みである。手加減出来なくて殺したらごめん、と心の中で謝り1人、1人と剣を振るい切っていく。びしゃり、と相手の返り血を全身に浴びる。 あぁ、と何処か冷静に分析している自分がいた。 真っ直ぐ突き刺したら次は柄を握り直して引き抜く力を使って次の人へ向かう。無駄なく動けているのが自分でも分かった。 「ユウ嬢、終わったよ」 「はっ、は……終わった……」 オビの声がユウの耳に入り、柄を握っていた手を緩める。からり、と剣が地面へと落ちた。自分の手は血で汚れており、いつか木々の様な剣士になると誓った時に買った真剣も血で汚れている。 「…………」 落ちた剣を拾って血を払い鞘へと戻す。変わらず行なっている行動だ。 手を軽く服で拭い、オビへと寄る。 「オビさん、血だらけの私ですけど手伝いどうしますか?」 「はは、むしろ怪我してる俺を運んで貰えるだけありがたいよ」 「なら遠慮なく」 オビの肩に体をねじ込み力を入れて立たせる。ぐ、と痛みを堪える様なオビの声が漏れた。 ▽ 見慣れた城の門にユウは立っていた。 あの後、オビの応急手当をしたお陰で傷は残る事なく後遺症も残らない様である。と、いうのもオビとその後会っていないからだ。 「……私は木々さんの様な立派な剣士にはなれないみたいだ」 はは、と自虐的に笑いユウは城門へと背中を向ける。 「どうして?」 「私が異常だからです、オビさん」 足を止めるものの城内のオビの方向を向く気配は無い。 「オビさんを守る名目とはいえ、あの時、確かに、私は……人の血を浴びる事に快感を見出していました。剣士の癖に人を殺すのが好きなんて異常でしょう?私はそんな剣士にはなりたくない。木々さんの様な、剣士に……、なりたかった!!」 あの時、血だらけになった剣は捨てた。 自分の愚かさを体現している様だったから。 「私は、"木々さんを目標にしていた"という私の自尊心を守るために、剣士である事を辞めるんです」 一歩、城とは逆方向に進む。 「……だから貴方の所為ではありません」 また一歩、足を進める。 ______私は剣士である事をやめた。 決して城に向き直る事なくユウは止めていた歩みを開始した。 ***** ヒロインに守られるオビ、という事だったのですがメインより他が多めになりました……。腕の立つオビがそうそうにやられると考えた結果、気の緩みからかな、と考えたのがきっかけになってます。正直小さい子がオビに気付かせない様に短剣を隠せるのか、とか盗賊団を2人でどうにか出来るものか、とか微妙な所はありますが軽く流して頂ければ……と。 "敵同士で向き合いたいものです"とちょっと対になりました。辞められない子と辞めた子です。 |