キスから始まる恋愛感情



「好きな癖に」
「…………はい?」


信じられないものを見るようにユウは目の前の人物に聞き返した。けれどそれを大して気にしていない様子で目の前の人物は口角を上げて笑う。


「俺のこと。……好きなんでしょ?」


聞き間違いでは無さそうであり、ユウは持っていた洗濯物を軽く持ち直し大きく溜め息を吐いた。目の前に居るのは最近ゼンの側近になったばかりのオビである。


「何を馬……変な事を仰られているのですか?オビ様?」
「今、馬鹿って言おうとしてたね?」
「そんな、恐れ多い事を言う筈ありませんよ」


ふぅん?とオビは信じて無さそうに相槌を打った。
ユウはウィスタル城住み込みのメイドである。オビが城に来る前から働いており、仕事には慣れたと言えるだろう。
オビがユウに何が言いたいのかさっぱり分からなかった。確かにユウは未だに"恋"というものを経験していない。けれどもオビに対してよく聞く"胸がきゅんきゅんする"といった事を一度も思ったことが無かった。
だからユウはオビが好きな訳では無いのだ。


「……ね、聞いてる?」
「え?……すみません」


反射的に謝ってしまったものの、ユウ達メイドはかなり忙しいのだ。それを止めている時点でユウよりオビの方が謝るべきでは無いのだろうか。
ユウは秒針が進む音を聞く度に急がねば、と焦る。


「あの、んむっ!?」


意を決して、オビに「仕事があるので」と断ろうと顔を上げると直ぐ目の前にはオビの顔が広がっていた。
軽いリップ音がしてオビの顔がユウから少し離れる。
とさり、と洗濯物が足元に落ちる。

_____キス、された?

今、自分に目の前の人物は何をしたのだろうか。リップ音が鳴った。唇に何か触れた。目の前の彼はしたり顔でユウの様子を静かに見守っている。


「……し、」
「ん?」
「信じられないっ!!」


ありえない、好きでも何でも無い女とキスが出来るのか、こいつは、とユウはオビに向かって叫ぶ。
初めてだったのに、とか初々しい乙女の悲しみより怒りの方がユウの中で優っていた。こいつの所為で時間を取られ、「好きなんでしょ」なんて門違いもいい勘違いをされ、挙げ句の果てにはキスまでされた。
ユウの心臓はどくどくと大きく脈打っている。


「信じられない?」
「っあ、当たり前じゃないですか!?」


分からないのか、とまたもユウの中でぐつぐつと怒りが煮えたぎる。けれどオビはユウが怒っている事を理解している上でまだ笑っているのだ。
何をそんなに笑えるのかとユウが叫びながら問おうとしたら耳を疑う様な言葉をオビは言った。


「なら信じられるまで付き合ってあげるよ」


はぁ?と意味が分からず聞き返そうと開いた口はまたもオビの口に塞がれる。先ほど同じ様に優しく触れ、開いていたユウの口へと自身の舌をねじ込んだ。


「んむ!?」


ユウは離れようとオビの身体に向かって力を入れるものの全く動かない。ならばと後ろに下がろうとしてもとん、と壁に背中が当たるだけだ。


「……ん〜!!!」


けれどもそう簡単に「はい、そうですか。飽きるまで付き合いますよ」とはならない。必死に抵抗しようと顔を背け様としてもオビの右手によって簡単に正面へと向かされる。
オビは角度を変えて何度も、何度もユウの口を貪る。


「ぁ……ん、むぅ……ふぅっ!」


キスなんてした事が無いユウは勿論ディープキスなんて経験が無かった。
オビのされるがままになってしまっているし、とにかく苦しい。けれど、ほんの少し、ほんの少しだけ、気持ちが良い、とユウは思ってしまうのだ。
薄っすらと瞼を開けるとオビの真っ直ぐな目がユウを見つめている。ユウは慌てて目を閉じた。
くすり、とオビが笑った様な気がした。


「……ん……ぷはっ!」


オビがゆっくりと顔をユウから離すと、繋がった唾液が糸を引く。その唾液はどちらのものだったのかはもうユウには分からない。ただ、ぼぅっと見つめているだけだ。
ぷつり、と糸が切れるとユウは壁に体重を預けてしゃがみ込んでしまう。


「き、気持ち、よ、かった…………」


オビの身体が不自然な程に固まってしまった。けれどユウは惚けておりそれに気付かない。


「……あのさぁ、そういう事、言わない方が良いよ」


頭上からオビが話しかけてきた為、ユウは顔を少し上げる。自身が口にしていたとはつゆ知らず、ただ首を傾げた。
ユウから見たオビは先程とは打って変わり、顔を隠す様に手で覆っている。隙間から見える肌はほんのり赤みを帯びている様にも見えた。


「……っ、か、代わりにこれ届けといてあげるから!その顔直してから戻りなよね!!」


ユウが声を発する前にオビはユウが落とした洗濯物を抱え込み、背中を向けてさっさとその場を後にしてしまう。
その後ろ姿からでも頸と耳が確かに赤くなっている。あの飄々とした彼が照れたのだろうか、とユウは再び首を傾げた。


_____けれどもユウの胸はどうしかきゅん、とよく分からない痛みを訴えているのだった。



*****
オビもやっぱり男だから性欲は溜まるんだろうな、と思ったのがきっかけのお話。
城に来る前もこうしたテクニックで数々の女の子を落として来てたら良いなっていう個人的願望も詰め込まれてます。顔が好みだったし、軽く手を出したつもりだったのに逆に捕まっちゃったオビのあたふたした感じになりました。
何時もと違うオビで大変だったけど楽しかったです。
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