ユウの様子に一種の恐怖をゼンは覚えた。なぜなら、恋心とはおいそれと整理がつくものではないと身を以て体験しているからだ。
自分とでは何かが、大きな何かが違っている事にゼンは気付く。
「…………そ、そうか」
驚愕に溢れている心の中、ゼンが言えたのはそれだけだった。
「さて、スパッとお願いします」
パチリ、と手を軽く合わせるとユウはオビの方を真っ直ぐ向く。その顔にはまだ少し笑みが残っていた。
「オビさん、好きです」
「……ありがと、ね。でも、悪いけど、答えられない」
「…………ふふふ、知ってます」
そんなただの言葉の応酬。
それでユウの恋は終わったのだ。
何も言えない、何も出来ない、ゼン達はただ眺めている事しか出来なかった。
「それでは私は、いえ、私達はここで失礼しますね。短い間でしたがお世話になりました。お元気で」
礼儀正しく頭を深々と下げ、顔を上げたユウの表情は晴れ晴れとしていた。
此処まで乗ってきていた馬車に乗り込む。
ゼン達を置いていく様に馬車はゆっくり進み始める。そして馬車が見えなくなるまでオビを含む者達、誰1人としてその場を動く事が出来た者は居なかった。
▽
「……本当にあ〜んな別れ方で良かった訳?」
「………………」
「ありゃ、だんまりかい?」
ガタガタと揺れる馬車の中でユウを心配そうに専門医は告げた。ユウは何も言わずにただ足を抱えて蹲っているだけ。
「本当にあんたには驚かされるよ。毎回何かにぶつかる度に看板娘として成長するんだから」
「………………」
「ま、専門医としてはそれは別に良いんだけどね、儲かるし。……ちっぽけな家族として、言わせて貰うとしたら。いつか壊れちゃうんじゃないか心配になるよ。あんただってまだ若いんだから、人生決めるのは早いって思うのさ」
蹲っているユウの肩が小さく揺れる。
「……って。仕方ない、じゃんか」
ユウはやっと、小さく声を発した。
「私だって、好きであんな事、言った訳じゃない!!でも、ああでもしないとっ!進めないじゃんか!!」
「無理に進めなんて、うちの誰が言ったんだい?あれじゃ、生き急いでるみたいだ。我慢しているばっかりに違和感を残してたよ。きっと気付いているだろうねぇ」
「もう会う事もないし、別に良い」
「……ふ〜ん?」
専門医の言葉が止まるとユウの言葉も止まる。
ユウだって、自分が失言した事には気付いている。あれでは狂人の様な、「ユウらしくない」反応であった事など。
しかし、強がっていないと叫びそうだったのだ。
心が悲鳴をあげていて、貴方が好きなんです、私を見て下さい、私を愛して下さい、と。
「……好き。オビさんが、好き」
悪いけど答えられない、と言ったオビの声が今もユウの頭の中で流れている。
「…………うん。大丈夫。きっと、大丈夫」
この思いに終止符を打つ事が出来た筈だ。
この思いを呑み込んで前に進むんだ。
ユウは言い聞かせる様に言葉を落とす。
馬車は振り返る素振りを見せずに、ただ淡々と前へ、前へと進んでいく。
ーーこうしてユウにとって初めての恋が終わったのだった。
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