「お疲れ様です〜」


ユウは借りた部屋に向かう道ですれ違う人々にそう声を掛けていた。実際はかなりユウ自身も疲れていたので自分に向けて言ってもいるのだろう。
お客の前ではどんな事があったとしても、それを悟られない様に演じなければならない。それには勿論やり甲斐を感じてはいるが、今日は早々に切り上げて来てしまった。


「……ゼン殿下、怒ってるかなぁ」


ぽつり、と言葉を零す。
王城開放日が無事終わり、ささやかな宴が用意されていたもののユウは団長達に任せて部屋に戻る事にしたのだった。
ユウにとって初めての恋であった。これからはもう2度と来ることの無い場所。それを分かっているからこそ、ユウは自身の内側にある気持ちの整理をしたかったのである。
部屋に近付くにつれて人の数も無くなっていく。この調子だとユウが部屋に着く頃には周りには誰も居なくなるだろう。


「まぁ、皆は宴で忙しいもんねぇ」
「あぁ、居た。ユウ嬢」


聞きたかった様な、聞きたくなかった様な、ここに来て慣れ親しんだ声がユウを呼び止める。
しかし、思っていた以上にユウは落ち着いた心でオビと向き合う事が出来た。


「……オビさん?どうかした?」
「いやぁ?ユウ嬢を見かけなくて。……主達があの〜ライオンを見たいんだって」


言いにくそうにオビはユウを探していた理由を告げた。オビは職権乱用、と考える程度には真面目なので少し申し訳無さそうでもある。


「あぁ。確かに。凄い羨ましそうな顔してたもんなぁ、殿下達」
「あれ?気付いてたの?」


驚いた様子で目を見開くオビにユウは失笑を漏らしながらも頷いた。小さい子と同じ様に目をキラキラされれば誰だって目に入るだろうに。


「あんなにキラキラされれば分かるよ。ただでさえ見やすい位置に居たし」
「……あ〜。そういえばそうだった」


何故、わざわざオビはユウを呼びに来たんだろう。別にこの事は宴をやっている最中に見かけなかったら明日でも良い様な内容ではないか、とユウは首を傾げる。オビはそんなユウに気付いたのか、はたまた気付いていないのかは分からないが照れ臭そうに頬をかく。


「えっと……特にこれといった用事は無かったんだけど、何となく、かな」
「………………そっか」


何かを言いたいのだろう。何となくユウはそう感じた。だがオビが口を開くつもりは無いのならユウも追求するつもりは無かった。


「あのね、オビさん。私達、明日には此処を出て行く」
「……あぁ、もう終わっちゃったもんね。次は数年後か」


次回の王城開放日の時期を確認する様にオビはしみじみと呟く。それを見ていたユウは静かに首を左右に振った。


「私達は1度来た所には特別な用事が無い限り、もう訪れる事は無いから此処にはもう来ないよ」
「……え、それって」
「そう。さよなら、かな」


にっこり、と感情が読み取れない様にユウは笑う。オビとはこれで最後、そう思ったら良い印象で終わりたかったのだ。


「私は個人的な片付けがあるから此処で失礼するね。……殿下達の方は明日、見せる様に伝えといて貰っても?」
「あ、うん。分かった」


よろしく、とつげるとユウはさっさとオビに背を向ける。しかしこれでオビと話すのも最後なのか、と思うと足が止まる。オビはゼン達の所へ戻ったのだろうか。

ユウは、つい、出来心で、オビが居るかもしれない場所へ、振り返る。

オビは居た。
その視線は、私としっかりとぶつかると目を見開いてくしゃり、と苦しそうに顔を歪めた。
違うのに、そんな悲しい顔をして欲しかった訳ではないのに、ユウは何も出来ない。
何も分かってない事を伝える為に、へらり、と馬鹿みたいな笑みを向ける。

これで、良いのだ。

ユウは今度こそ振り返る事なく、その場を後にしたのだった。

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