「…………え、オビさん?」


ユウは目の前にいる男の名を呼んでしまった。しまった、と思ってももう遅い。弾ける様に顔を向けたオビとユウは視線がばっちりと交差する。
専門医からオビは居ないと聞いて確認もせずに来てしまった自分も悪いのだろうけど、あの専門医もかなりの曲者であった。


「……ユウ、嬢?」


かなり久しぶり、という程でもないが数日振りのオビの声がユウには辛く胸を締め付けた。そして察する。まだオビが好きなのだと。
オビの口から自分の名前が呼ばれるだけで心が躍る。その口から、言われたい一言があった。
___しかしそれは叶わないと知っている。


「……オビさんじゃんか。こんな所で何してるのさ?」
「え!?いや、その。……ユウ嬢を探してて。ここ数日会えてなかったから」


至って普通に会話をする事に出来ている自分に驚きながらもユウはオビが求めているユウ像を演じる。


「…………オビさんの事、嫌いになったから。顔も見たくなかったから」
「……そう」


オビに向かって言いにくい事ではあるが、こうでも言わないときっとオビはずんずんと向かって来るだろう。
恐る恐るオビを見るとにっこり、と笑った。


「あはは。…………嘘つき」
「へっ!?」


簡単にバレてしまった事に対してユウは悲鳴に近い声を上げてしまった。まさか、バレてるとは少しも思っていなかった。


「ユウ嬢は俺の事が好きだ、と俺は気付いてしまったのです」


だからでしょう?と芝居かかった口調でユウに答え合せと言わんばかりに首を傾げている。そこまで分かっているなら何でわざわざ探していたんだろう、とユウは首を傾げる。


「分かってると思うけど、俺はユウ嬢の求める返事は出来ない」


ズキリ、と心が痛む。勿論、ユウにとって分かっていた事だ。それを悟らせない様に返事をしながら微笑む。


「でもね、酷な事だろうけど、俺はまだユウ嬢と仲良くしてたい。……駄目?」
「駄目」


ユウがそう言うと思ってなかったのだろう。オビは目をまん丸く見開く。ユウ自身も否定の言葉がすんなりと出てきて自分でも驚いてる。
否定の声は震えていなかった。


「何それ?私そこまでマゾじゃないよ?オビさん、私の事何1つ分かってない。本当、私何でこんな人好きになったんだろ」
「…………っ!」


直接好意を口に出すユウに少し驚いてオビは顔を背けた。此処まで来たらもう修復不可能、言いたい事全部言ってやる、ブチまけてやる、とユウは意気込む。


「悪いけど、私は白雪の側に居続けられてるオビさんと違ってか弱い女の子だから。服も結局、気に入らなくてビリビリのボロボロにして捨てたし。……なんか、もう、疲れたから。人間相手に疲れた。うん、疲れた」


オビは静かに話を聞いていた。顔は下げたままである。


「まぁこっちも商売として来てるし、大事な様ならミツヒデさんとかキキさんとか出して。……さっき言った、オビさんの顔も見たくないってのは本当だよ」


「ねぇ、お願い」と小さくユウの声がオビの耳に聞こえただろうか。


「私に、諦めさせてよ」


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