「ここのホテルは設備がきちんとしてるからなー。職員用の風呂も立派だし、仕事終わったらまずここだな!!」
「そ、そうなんですか…」
脱衣所で服を脱ぎながら琥珀は大声で笑いながら話すのをさくらは返事をしながら聞いていた。ただ、緊張のし過ぎで服を脱ぐための手が止まっているが。
「ほらさくら!さっさと入ろーぜー?先行ってんからなー!」
「はい!す、すぐ行きます!」
服越しからではわからなかったが、琥珀の体格は確かに女性だった。しなやかに筋肉がついている身体で、さくらが「かっこいい…」とついひとり言を言ってしまう程に。だが、一つ気になることがあった。
「古傷がたくさんあったな…マフィアのお仕事って危ないからたくさん怪我してるのかな…?」
「さくらー?」
「今行きます!!」
・・・・・・・・・・・
体を洗ってから湯船に浸かり、さくらはようやく一息つけた。この数時間だけで有り得ないことがたくさん起きた。夢渡りでトリップを経験していたが、それを踏まえても大変だったとさくらは感じている。
「気持ちいいだろ?」
「は、はい!」
「そう緊張すんなよ!俺はお前を気に入ってんだ。可愛いからな!」
「あ、ありがとうございます…」
隣に座る琥珀は相変わらず笑顔だ。ジャックや桃簾とはこれまた違う何処か凛とした笑みについつい見つめてしまう。
「どした?」
「え、えっと、えーっと、あ!その…身体にとっても古傷があるなって!マフィアって危ない仕事が多そうだし…」
はぐらかすために言った質問が人によっては訊かれたくないことだと気づいたのは言ったあとだった。恐る恐る顔を見ると、琥珀はあまり気にしていない様で暫く考えてから口を開く。
「この傷はだいたい、俺が…いや、俺らがこの街に来る前についたヤツだぜ」
「来る前…?」
「どうせジャックから聞いたろ?世界戦争があった時についた。俺らは皆、ある国の兵隊だったんだよ」
「えぇ!?」
驚いているが、さくらは同時に納得した。桃簾のスバ抜けた戦闘能力、藍晶の気配の消し方、明るい双子の何処か近寄り難い雰囲気など、ただマフィアをしているだけでは身につかないものだ。
「特に桃簾なんか、軍で育てられてせいてガキの頃から戦ってたからな。んで、何やかんやあって桃簾は特殊部隊を作った。さっき会った奴らと、俺と、まだ会ってねぇが諜報担当の蛍、医療担当の燐灰を入れた少数の部隊をな。ぶっちゃけすげー強いからみるみる戦果を上げて沢山戦場に出た」
「へぇー…」
「だがそれに嫌気が差してな!皆で逃げてこの街に来たってわけだ。結構楽しくやってるぜ」
「なんだが、強いですね。私…これからトリップたくさんするのに」
「自分に自信がねぇか」
琥珀に言い当てられさくらはこくりと頷く。自分らしく生きられる琥珀達がとても羨ましい。
それを知ってか知らずか、琥珀はさくらの頭を濡れた手で励ますように叩いた。
「お前が普通に暮らしていたってのは見ただけで解る。これからジャックっていう怪物の主になるかもしれねぇ不安と、トリップするという不安も解る。それぞれ大変で苦労して生きんだからよ。危険なら尚更だ。状況は違うが俺らだってそうだし。だから、助言してやる」
「?」
「死ぬときは死ぬんだ。全ての状況を楽しめ!悔いなく過ごせ!そしたら次第と事はよくなる。…て、桃簾の受け売りなんだけどな」
へへっと照れながら目の前の女性は言う。その姿にさくらが黙っていると琥珀は立ち上がった。
「さっさと頭洗って出るか!今日はのんびりしろ。明日には蛍と燐灰に会えるし、街中も案内してやれる」
「あ、あの琥珀さん!」
「ん?」
「ありがとうございます!が、頑張ります!」
浴槽の縁に手を掛け、肩まで湯船に浸かりおどおどしつつも風呂場に響くさくらの強い声に琥珀は鋭い目を大きく開く。それから口元を緩めた。