「ど、どういうこと?」
突然、契約しろと見ず知らずの男に言われ、トリップ慣れをしているさくらも何を理解すればいいか解らない。
「俺は、元はジャックフロストという霜の妖精だ。だが、力を持ちすぎ怪物と言われる様になってしまった。そして今日もその力は増え続けている。このままでは力を暴走させ、世界を滅ぼしかねない程にな」
「だから、あなたと契約するの?」
「いや、俺だけの問題じゃない。契約する者は自分と似ている者らしい。お前は夢渡りだろう?」
あまり聞き覚えのない単語だったが、「寝てるときにトリップすること?」と訊くとジャックは頷いた。
「あなたもなの?」
「あぁ、ここ十年あたりな。な?似てるだろう?つまり、お前もそろそろ…少なくとも自身を滅ぼしかねない何かしら大きな変化があるということ。心当たりはないか?」
大きな変化と問われても、さくらの日常生活では目立つほどの変化はない。だが、気になることはあった。
「うーん…最近、寝てるときにトリップする日数が長いかな…なんか、このままだとずっとトリップし続けそうで怖いや」
「そうか」
「契約したら、あなたの力を私が制御出来るし、トリップも治るの?」
「いや、力は制御出来るが…ーーーー!!」
言葉を区切り、ジャックはさくらを腕を自分の方へ引っ張った。突然の行動でさくらは彼の体に思いっきり顔をぶつけ、鼻を抑える。
「見ーつーけーたーぞぉージャック」
「さっきよりも怖い顔だ、トウレン」
「うっせぇ!さっさとそのガキ置いて戻るぞ!」
ジャックは桃簾の言うことなど気にもせず、さくらの手を強く握るとそのまま後ろを向いて走った。さくらも握り返す。自分を引っ張っている者が、悪い人ではないと第六感が告げていた。
「うわわわわわ!唇噛んだ…っ」
「む。それはすまない。さて、さっきの話の途中だが…契約をして俺の力を制御は出来る。だが、その代わり、互いの特異なところが相乗される」
「どういうこと?」
「つまり、夢渡りの力が完璧なトリップ体質に進化する。永遠に、俺等は異世界を旅することになるな。だが、契約をしなければ互いに自滅するぞ。…どうする?」
走りながら氷のような瞳でジャックはさくらを見つめる。突飛なことが連続に起きすぎて、さくらは話についていけてない。だが、このままだと危ないのは理解できた。
「い、いいよ!しよう!契約!は、早くしよう!きゃっ」
大声で応えると桃簾が撃ってきた銃弾がさくらの横を通り過ぎた。驚きのあまり目を瞑っていた瞬間、ジャックは立ち止まりさくらの腕を引っ張り自分に寄せる。
真っ暗の視界の中、さくらが感じたのは自分の唇に柔らかいものが当たった感触。目を開けるとジャックの顔がとても近かった。
何か温かいものが自分の中にすぐに口を離される。
口付けされたのは終わってから気づいた。
恥ずかしさのあまり身体の力が抜けてぺたりと地面に座り込む。少し離れたところで桃簾が舌打ちをした。
「契約成立だな。主よ」
「な、な、なっ…」
「どうした?口を付けただけでへたれ込んで。初だな」
「私、初めてなのに…っ」
「契約には互いの血を混ぜる必要があってな、サクラの唇が切れてたから丁度良いと思って。俺も軽く自分の唇切ったんだ。で、飲ませた」
「そんな理由知らないよー!ばかー!」
ショックで座り込みながらめそめそ泣くさくらを他所に、ジャックは不敵な笑みを浮かべ、桃簾を見る。そんな彼は気に食わないが銃とナイフをしまって先程までの殺気をどこかへ消し、近づくとさくらに手を伸ばした。
「今回は俺の逃げ勝ちだな、トウレン」
「まだガキのこいつが手前と永遠にトリップすることに何だぞ!?少しは考えろ阿呆が!!」
「だがこうする以外に方法がないのも事実だろ?」
「…まぁな」
ジャックの言葉に対して言い返せない桃簾はさくらを起こすと彼女に向かって「すまない」と小さく謝ってから足元に何かしらの魔法陣を展開させた。
「ジャック!どうせ手前は山天狗に転送陣用意してもらったんだろ?俺は俺で用意したこの陣があるから先帰るぞ。着いたらホテルに来い」
「あぁ。またな」
桃簾が転送陣でその場から消えた。
太陽が沈み始め、次第に夜になってきた頃、さくらが未だに呆然としてると、ジャックが顔をのぞき込んだ。
「サクラ?」
「…もう、家に帰れないの?」
「それは取り敢えず、桃簾が戻った世界に行ってからだ。俺の故郷でもある」
「う、うん」
「時間だな」
何かを感じ取り、ジャックはさくらの手を握り直す。それと同時にいつもトリップをするときに感じる寒気に似たものがさくらを襲った。