「リャクさーん!ナナリーさーん!」 廊下に響くその少年の声にリャクはため息をつき、ナナリーはつい笑みを零してしまう。少年は遊びに来る度に運が良いのか、勘が鋭いのか定かではないがたまたま研究室から出たリャクを必ず見つけてしまうのだ。 「あっ!リャクさん無視しないでー!こっち向いてー!」 「白亜〜そんなに引っ張らないでよ」 無視して進もうとしたリャクを止める声。軽快な足音を立ててこちらへ向かう白い少年、白亜。いつもなら一人だが、その後ろには見かけたことがない和服に頭に地蔵傘をかぶった人物がいた。 しかもその人物は能力上他人に触れない白亜に引っ張れているが周囲や本人に何も影響がなかった。 それだけで只者ではないことが理解できる状況に、リャクも立ち止まる。 「何だ?後ろの奴は」 「えっと、うーん、」 「自分で説明した方がいいかな?」 相変わらず睨むリャクに言葉を詰まらせる白亜を後ろの人物が前に出て自ら名乗りでる。地蔵傘を取るとやわらかな黄緑色の髪に大きい青い目。ほぼ変わらないがほんの少しリャクより背が高く、見た目は少年で、敢えていうならナナリーの嗜好の範囲にいる容姿だ。 「初めまして、僕は埜野と言うよ。白亜と同じ能力者。見た目とは違って5桁ぐらい生きてる長生きさ!武器職人をやってるんだ」 「武器職人?」 「うん。武器を創るのさ!革命組織の皆の武器は僕が創ってるのが多いね。皆、能力に愛されているもの。いやー!それにしても君が白亜が言ってたリャクさんか!見た目って本当に宛にならないよね!ふむふむ、素晴らしいね!でも少し寝不足気味かな?魔術で睡眠時間削って研究ばっかしてるんでしょ!あ、ちょっとお手を拝借。うーん、手を触っただけで解る凄さ。僕が知らない魔術の属性を作ったのかな?最近、君自身が持ってる武器は使ってるかい?使わない武器が拗ねちゃうーー「埜野、喋りすぎだし、危ないよ…!!リャクさんに殺される!!」 リャクが制止をかける間もなく、埜野はするりと彼の手を握りながら目を輝かせひたすら話し掛けていたが、ついに白亜が強めに声をかけて漸く止まった。 だがリャク自身も彼に敵意がないことも、ただ触れただけで一切知らないこちらの情報やリャク自身の状態も読んでいた。埜野さの能力は一体何なのか、言葉には出さず興味を持ち始めている。 「そちらのお姉さんも逸材だね!」 「ひゃあ!」 良く言って過剰に少年が好きなナナリーは緩んでしまう口元を隠すため、少年達を目に焼き付けるために敢えて後ろに下がっていた。しかし、リャクに話しかけていたと思っていたら自分自身に抱きついてくる。おまけに埜野は腕や背中をまんべんなく触ってきた。 「ちょ、あの、やめてください!ね?」 「うーん、封術?イヨの封印能力みたいなモノかな?そんなの使えるんだ!武器はあんまり使わない感じ?封術を使うには時間がかかるんだね!…うん!」 「うん!じゃないよバカー!!」 「いてっ」 白亜が埜野の頭を叩き、ナナリーから引っペはがす。リャクはよくこれで長い時を生きてこれたと埜野の行動に呆れを隠さない。 「貴様、俺達が魔術を使うのは元からそいつに聴いていたのか?」 「聴いてないよ!白亜とはたまたま建物の前で会ってね、面白そうだからついて来たんだ。あ、話が脱線したね。僕の能力の特性上、触ったら相手のステータスって言うのかな?それが解るんだ。武器を作るためにはもっと触ったり質問したりしないといけないんだけど、いっぱい触るかい?」 「やめろ。あと一々話が長い」 苛立つリャクの周りにバチッと静電気のよう目視出来る魔力が流れた。それを愉快そうに見てから再び白亜の隣に立つ。何もしていない白亜も埜野のペースにすっかり疲れてしまった。 「もうお疲れ?僕が唯一主と認めた王様がだらしないなー」 「こんなにテンション高いとは思わなかったよ!あと、ボクはもう王じゃないし!」 「あはは!さて、この異能者側はとても面白いよね!しかもやばめな組織が隠しているにしろ結構堂々とあるし、徹底してるんだね〜。関心だよ!」 「武器職人ということは、依頼されれば創るのか?」 リャクの問いに埜野は小さく首を横に振り、ふわりと綺麗な笑みを見せた。 「違うよ。僕が『創らせてもらう』んだ。僕が創りたいヒトにお願いするの。逆に言えば、どんなに創れと言われても、僕が嫌なら創らないよ」 「成程」 「君は面白い人だね、白亜が寄り添うのが解ったかも。気が向いたら創ってあげるよ!ナナリーさんもね!僕、綺麗なお姉さん大好きー!」 再びナナリーに視線を向けてそのまま一方的に、弾丸の様に話しかける埜野に彼女も返事をすることしかできない。白亜とリャクは蚊帳の外といった感じだ。 「ごめんね、リャクさん…。あぁなった埜野はボク止められない…。前よりひどいや」 「そういえばあいつはお前のことを王と呼んでいたな。何だそれは」 リャクの問いに白亜はバツが悪そうに目を泳がせる。しかしすぐに答えた。『転生』の能力が生まれる前、つまり一番初め自分がある国の王であったこと。その時に何故か埜野が自分を主と認めたこと、そして夢半ばにして死に、転生し続ける運命になり、故郷に戻ってきた今も主と思っていてくれることを。 「天才と変態は紙一重っていうけど、埜野は正にそれだね!リャクさんもかな?」 「ふざけるな」 「他人に見せられない危ない研究してるくせに…。ごめんなさーい」 謝る気がない態度にリャクは何度目か解らない溜息をつく。周りから畏れられている彼にここまで懐く子供は白亜以外にまずいないだろう。 「あー!楽しかった!僕帰るね!白亜は?」 「イヨ姉ちゃんと帰るからまだ居るよ」 「そっか。じゃあね、お二方」 地蔵傘をかぶり直し、軽く頭を下げる埜野に、リャクの代わりにナナリーが深く頭を下げる。 それを見た後に埜野は優しい、風格を漂わせるような笑みをすると、カランコロンと下駄を鳴らしながら埜野は去っていった。 「…ナナリーさん、ごめんね。埜野があんなので」 「だ、大丈夫だよ。…びっくりしたけど」 「全く、油断し過ぎだ」 部下に呆れ口調ながら、リャクは埜野がいた場所を自然となぞる。 生きている年数にしろ、普通の能力者とは一線を引いている雰囲気に本来自分が研究しているモノとは別に、それこそ寄り道程度だが少しだけ興味が湧いてしまった。 |