今日の体育はバスケで、軽くシュート練習をした後は適当にチームに分かれてのミニバスケだった。イヨも眠たい目蓋を擦りつつ何となくシュートを決めてそれなりに活躍した。そして5分後、ビーッ!とやけに煩い試合終了の音が得点板から鳴り交代。体育館の壁を背に座って休憩をとっていた。 「お疲れ、イヨ」 「…む、テアか?」 斜め上から掛けられた声に気付きイヨは見上げると見慣れた綺麗な金髪。そこには同じ進学科で、学校の中でも一番優秀とされているA組のテアがいた。他クラスなのに何かの縁か、二人はよく話したりする。因みに、基本体育の授業は2クラス合同で行っていて、イヨがいるB組はA組と合同だ。 「シュートたくさん決めてたわね」 「それはテアもだろう?…眠い…」 「夜更かししたの?」 「いや、そうではないんだが。あ、また私のチームの番か。じゃあな」 「頑張って!」 「あぁ」と返事をしてイヨは再び試合に戻る。それの繰り返しをしていたら案外早くに体育は終わり、更衣室で着替える時間になった。 女子の更衣室は着替え中でも騒がしい。おまけに色んな制汗スプレーの匂いが混ざって気持ち悪い。せめて制汗シートにすれば良いのにと思いつつイヨはさっさと着替えていた。 「ねぇ、知ってるー?ツバサ先生のさー…」 『またあの教師のコトか』と呆れながら勝手に耳に入ってくる言葉をスルーして着替えをするイヨ。しかし今回は少し違った。 「最近、ツバサ先生とA組のテアって子が仲良さげによく話してるのを見かける人が多いんだって」 「何それ!テアって奴、調子乗ってるんじゃないの?」 「ねー。付き合ってるって噂も…」 「えぇー?あ、イヨさんってテアと仲良いよね?何か知ってる?」 「わ、私がか…?」 「うん」 「…少なくとも、私の目の前で彼女の悪口を堂々と言うお前等と話をするコトは一つもないな」 あまり会話をしたことがない女子に突然振られた話に戸惑いを隠しつつも、はっきり述べるとイヨは更衣室を出る。教師であるツバサとテアが付き合っているという噂が気になりつつ、同時に「また厳しい言い方をしてしまった…だから勘違いされるんだよな、私」と複雑な気持ちになっていた。 ・・・・・・・・・ 「イヨ〜。お昼ご飯の時間だよ!今日は何処で食べる?」 昼休みになっていつも通り十闇は昼ご飯がそれで足りるのか?と言われるぐらい小さいパンと飲み物を片手にイヨの席にやってきた。 「そうだな…静かな所がいい。校庭とか」 「オレも賛成!…って、あれ?イヨ、何か不機嫌だね」 「はぁ?」 「はぐらかしたってダメだよー。オレは視えるんだから」 廊下を歩きながら得意そうに笑って十闇は小さく言う。実は十闇が魂を喰う吸魂鬼で、ヒトの食事をあまりしなくていいこと、ヒトの心が視えてしまうということを知っているヒトは少ない。教師では紲那とアゲハぐらいだ。 「ま、女子の他愛ない噂だから気にしない方が良いって」 「解ってる…む、」 「どうしたの?」 「飲み物買い忘れた。先に行っててくれ」 「はぁーい」 気の抜けた十闇の返事を聞いてイヨは小走りで学校内にある近くの自販機に向かった。 『…あれは、ツバサ先生とテア?』 しかし人気が少ない立入禁止の屋上へ向かう非常階段の近くにツバサとテアを見かけて立ち止まる。噂通りに本当に仲が良さそうで、というか教師と生徒とは思えないぐらい距離が近い。更にツバサがテアの頭を撫でた。 そして、気づいた時にはイヨはツバサに手を出していた。女の子らしくビンタで叩くとかではなく拳でおもいっきりツバサを殴る。不意をつかれたツバサは軽く後ろに下がってぽかんとしていた。 「貴様、教師のくせに生徒に手を出すなど、立場を弁えろ!!前々から変な奴とは思っていたがここまで酷いとは…」 「ち、違うの…イヨ!」 「テア、変なコトされてないか?」 「違うってば!ツバサと私は義理の兄妹なの!」 ……………は? テアの言葉にイヨの表情は固まり、ツバサは口を押さえて込み上げてくる笑いを必死に堪えていた。 「…………義理の兄妹?」 「えぇ。だから、そんな関係じゃないわよ。心配してくれたのは嬉しいけど…」 「……本当か?」 「嘘つくと思う?」 「思わない…ぞ。ツバサ先生はともかく」 「どういうことそれ。ったく、盛大な勘違いだったね?風紀委員長さん」 未だ笑いを堪えているツバサに「今度は蹴りを入れてやろうか」と言いそうになったが我慢し、イヨはぺこりと頭を下げ謝る。 「なら良かった。勘違いをして申し訳ありません。あと、風紀委員長にはなりたくてなったわけではないので名前で呼んで頂けると嬉しいです」 「あれ?さっきまでの口調は?俺は上下関係が嫌いって一番初めの授業で言ったよね?そっちの方が良いな」 「……………………」 「そんなに睨まないでよ。まぁ誤解を生んだ責任もあるし、今度何か甘い物でも奢ってあげる。何が良い?」 甘い物、でイヨは睨んだ目を少し緩めた。ツバサは解りやすいなと思いつつ表情に出さずに笑顔を貼り付けている。ツバサの表情に違和感を感じながらもイヨは口を開いた。 「…チョコケーキ」 「うん」 「1ホール」 「一人で食べるの?」 「勿論」 当然の様に答えたイヨに、今度はテアも小さく笑った。目まぐるしく変わる状況についていけないイヨは頭に?を浮かべている。そんな時、十闇が『移動』でやってきた。 「やっとイヨ見つけたー!あれ、ツバサ先生と…A組のテアちゃん?…ふーん、成る程成る程」 状況を見ただけで予想したのか、と関心していたツバサだが、実はイヨの心の中を視て十闇はその場にいたように細かく知ったのはイヨ以外解らない。 「ね、イヨ。噂は噂だったでしょ?」 「煩い!!」 「何でオレには蹴り!?ほら、ご飯食べよう、イヨ」 「あぁ。ではツバサ先生、殴ってすみませんでした。テアも…色々と」 「大丈夫だよ!じゃあね!」 二人に挨拶をして十闇の『移動』ですぐ校庭に行ったイヨ。その跡をツバサはまだ面白そうに見ていた。 「ツバサ、大丈夫?イヨって力強いから…」 「うん。殴られてすぐに腫れたけど。俺の場合はそれと同時に治るから。にしても変だね、十闇って子」 「え?」 「『何でオレには蹴り』って、まるでこの場所にいた様な口振りだった。言葉を間違えたのかな?やっぱり面白いね、この学校」 |