いつもの世界観から数年後の話です。





何故ここに来たのか。
理由は特にない。だが強いて言えば、自分が高校生の時に彼女と初めて出逢った場所であり、昔からここら辺一帯が『何かを成し遂げた人達が拠点としていた』と曖昧に噂されている場所なのを、ふと思い出したからだ。


「…ここからの景色は相変わらず変わらないな」


ざぁざぁと穏やかに飛沫く波音を、懐かしむ様に聴きながら海岸より少し高い場所に位置する歩道から覗いて彼ーー黒沢 冬樹は呟いた。

若いながらも新たな遺跡や発見を次々と見つけ、その筋の人では知らない者はいないと言われるような考古学者へとなった彼が普段何かしらの調査へ行くときは、部下を連れていく。元々人数は少ないが、それでも優秀で誇れる部下だ。

今回はその部下はいない。散歩がてらに寄ったような気分で来て、何かある確証がないところにわざわざ黒沢は部下は連れてこなくていい。という判断をした。

だが黒沢には何故か「何かある」という確信はあった。そしてそれは、まず一人で確かめたいという気持ちもある。


海岸に降りて一番に視界の中に入った崖の上にある古い灯台を目指すと、砂浜から上へと登れる階段がある。目ぼしいものがないと、その手すりに手をかけたとき


「…?あれ?」


崖にぽっかりと、ようやく、人が並んで二人入れるほどの穴が空いていた。階段を登るはずの足を再び砂地へと置き、その穴の前へ立つ。その穴は奥が続いていた。迷わず黒沢は歩を進める。後ろからの追い風が早く早くと歩みを急かしている様だった。


しばらく進むと行き止まりにたどり着いた。辺りは日光の光が届かず暗い。事前に持ってきていた懐中電灯を鞄から取りだし、岩壁を調べる。


「こういう行き止まりって、なーんか怪しいんだよなー。……!」


数々の遺跡を発掘している考古学者の勘とでも言うのか、黒沢は岩壁を優しく叩きながら触り始めるとすぐに何か違和感を感じだ。


ーーーーここだけ叩いたら音が軽い。


鋭く違和感を察知した黒沢はそこを強めに押す。すると、岩壁が扉の様に開いた。どうやら押した場所はドアノブの役目だったらしい。その中に入り、懐中電灯をかざすと黒沢は思わず息を飲んだ。



「……噂は本当だったんだ」


開けるとそこは、自分の声が反響するぐらい大きな空間だった。端から歩き、部屋を明るくためのスイッチを捜すと、奥の方に今でも使われている電気を付けるボタンがあった。迷わず付けるとさらに黒沢は驚く。


ここは、車庫の役割をしていたらしい。埃を被ったタイヤが数個端に置かれていた。恐らく自分が入ってきた入り口はカモフラージュ様の、または緊急時に脱出するための入り口だったのだろう。

それならば、正規の入り口はどこだろう。あの灯台の何処かだろうか。出入りこそ誰でも出きるが、ここら辺一帯は昔からある大富豪の土地であまり大掛かりな発掘はできない。今だって、たまたま見つけたにせよ不法侵入に近いことをしている。

別の扉から黒沢はどんどん進んだ
。人が集まったであろう多目的な大きな部屋、人が住んでいたのであろう部屋、たくさんの本棚がある部屋、機械を整備するための部屋ーーーーーそれらを何故か、黒沢は懐かしいと感じていた。


「次はここの部屋か」


いくつかある人が住んでいたのであろう部屋を見て歩き、次に黒沢が入った部屋は、コンクリート壁がむき出しの大人っぽい部屋だった。きちんと戸締まりをしていたのか、この基地の中は比較的綺麗だし、埃も損傷も少ない。驚くことに、電気も空気清浄機も正常に作動することも確認している。しかもそれらは今と同じぐらいの、もしかしたらそれ以上のスペックを持っている。遠い昔から今まで生活・文化レベルが変わってないのだろうか。


そんなことを考えながら部屋に入った途端、黒沢は今までとは比にならないぐらいの懐かしさに襲われた。それは哀愁の様な、胸が熱くなる感覚だった。何故か、自分はこの部屋を知っているような気持ちだった。
どの部屋にもベットはあったがその上には布団も何もないし、本棚にも本は一冊も置いてなかったのと同じく、この部屋にも何もない。なのに黒沢の頭のなかにはそれらがあった光景が、問われたら答えられないぐらい微かだが、ぼんやりと浮かんでいる。

妙な感覚に襲われながら、黒沢は部屋を探索する。残っている机や棚の引き出しを念入りに調べた。

最後に、電話機を上に置くような小さな棚が残った。何か手懸かりがないかと祈りながら引き出しを開けると、


「………?」


その引き出しの中に、黒沢は一冊の無地のノートを見つけた。ペラペラと少し黄ばんでいるページを捲ると、中に小さな封筒に入ってある手紙があった。ノートはこれを保管するための重石代わりだったらしい。


心臓の鼓動が速くなる。自分がこれを開けていいのか?と、この筆者に問いたいぐらいだ。
だが、今ここには自分しかいない。「ふー…」と、息を吐き、身体を落ち着かせながらゆっくりと、黒沢は手紙を開く。




『この手紙を読んでいる誰かへ

自分が手紙を書くなんて柄じゃないけど、新しい拠点に移るからこの基地とはお別れだし、もう来ることもあまりないだろうからここに記しておくよ。

長い時を生きる種族のせいで、年月を忘れやすいオレらだから明確な月日は解らない。ようやく基地の皆が本当の意味で纏まってきた感じだけど、まだまだやることはたくさんあるし、まだまだオレも弱い。一番の思いは、恩人のあの人に報いたいと思っている。

あの人は痛みを知っているから言動は男勝りだけど平和を誰よりも願っている。オレはその、誰よりも愛しい人の役に立ちたいんだ。これは恋よりも深い感情だと思う。この手紙を見つけてくれた人はどうだろう?そういう人はいるのかな。オレが心配したって意味はないか。

手紙なんてらしくないけど、オレらがいて、ここで世界が種族関係なく平等に、平和になれるよう頑張ったことは誰かに覚えててほしいな。見つけてほしい。手紙を読んでる人は見つけてくれたかな?きっと全てが終わって、長い年月が過ぎるとオレらはゆっくりとでも確かに皆の記憶の中から消えるだろうから。

最後に、手紙を見つけてくれてありがとう。』






ぽたり、と突然手紙に雫が落ちた。それは自身の涙だというのに黒沢はすぐ気付く。胸が苦しくなるほど懐かしい。手紙から察するに、彼らはとても危険な仕事をしていたのだろう。この世界には人間以外にも種族がある。でも差別なんてしていない。遠い昔はそれがあって、彼らは差別を無くすために奮闘していたのであろう。そして、いつからかは定かではないが、彼らの願いは叶っている。それこそ、手紙の筆者の予測していた通り、誰の記憶にも残らないほど遥か昔に


「叶ったよ。…今はとても平和で穏やかだ」


涙を拭いてから、誰に言うわけでもなく黒沢は呟いた。その声は、静寂の中に吸い込まれ、時が止まったようだった。

手紙は自分でこっそり持っていることにした。自分勝手な理由だが、何故か自分が無関係ではないような気がしたからだ。








・・・・・・・・


「ただいまー」

「おかえり!」


その日の夕方に黒沢は自宅へと帰った。リビングからぱたぱたと小走りで彼女がやってくるのを、慌てて引き留める。


「駄目だよ安静にしてなきゃ」

「少し動かないと身体に悪いわよ!…お帰りなさい、冬樹」

「うん。ただいま、弥生」


黒沢が頭を撫でると照れたように弥生は下を向いた。

ごく自然の様に高校二年の冬に付き合い始め、大学を卒業したあとに、これまたごく自然に、至極当然のように結婚した黒沢と弥生。とても穏やかな生活をしている。


「あ、晩御飯の仕度もしたの?俺がやるって…」

「だって、暇なんだもん。いくら仕事を長期休みしてるからって、ずーっとのんびりなんか出来ないわ!」

「いいけど、無理はしないでね。お腹の中には子どもいるんだから」


優しく、弥生の膨らんだお腹を撫でて黒沢は心配そうに言うと弥生は「うん」と自身もお腹をさすりながら言う。

そう、弥生は産休を取っていたのだ。この調子だとあと一ヶ月で産まれる予定で、だからこそ夫の黒沢は彼女の心配を誰よりもしていたのだ。


「平和だなぁ」

「どうしたの?いきなり」

「いや、何となく。今じゃ当たり前だけど素晴らしいことなんだなって」


手紙の一文を思い出しながら、何かに浸るように黒沢が言うと、弥生も笑顔で応えた。


「そうね!」






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