02
どうしてこうなったのか。 テレンス・T・ダービーは開いたままだった口を無理矢理閉じた。がちゃりと厭な音がしたがそんな事は気にならない。ただ目の前の光景をどう処理したらいいのか分からない。既に頭はフリーズ寸前だ。
主が食事を終えたとヴァニラに聞き、食後の紅茶を持ってきた所でこれだ。部屋の扉を開ける前、確認を取った時は普段通りだった。のに。扉を開け、主に目を向けた所で視界に入ってきたのはDIOの隣ですやすやと眠る少女。東洋人だろうか。あまり見かける事のない黒髪。自分の人形に相応しいと、そんな想いが頭を過った。が、しかし。あの少女は一体何者なのだろうか。昨日DIO様が就寝なさった時にはいなかった。餌、というのも考えにくい。本来DIO様が食事を摂られるこの部屋ではない。ここは完全な自室。なのに。
「どうしたテレンス」
その声色がどこか楽しそうだと思った。手にした本から顔を上げる事はしないが、その表情は微かに緩んでいるのだろう。実際纏う雰囲気がいつもとは少し違う。
「その少女は、どうしたのですか?」 「ああ、これか」
そこで漸くDIOは本から目を離し、テレンスを見た。案の定その口角は若干上がっている。
「私が部屋に帰ったら居た」 「侵入者ですか…?!」 「それが分からんからお前を呼んだのだ…テレンス」
テレンスのスタンドを使ってなぎさが侵入者なのか否かを確かめるつもりのようだ。目がこちらに来いと言っている。
「起きろ」
ぺちぺちと軽くなぎさの頬を叩けば「ん…」と短く唸ってふるりとその長い眉毛を震わせた。
「起きたか」 「んー…」
目を擦りながら起き上がったなぎさは何度か軽く頭を揺らした後、DIOのことをふと見上げた。そうして、一言。
「…アナタ、だぁれ?」
その一言にDIOは眉間に深い皺を刻んだ。私は確かにこの少女と言葉を交わしたはずなのに何故私の事を覚えていない?ふらふらと頭を揺らしながら私を見つめるその曇りない瞳には、確かに私が映っている。なのに私を見ていない。だが、私を見つめる。そんな矛盾を生み出した少女…なぎさ。
「なぎさ」
試しに名を、呼んでみた。それに反応したのかこてりと小首を傾げ、またDIOを見つめる。
「おにーさんは、どうしてなぎの名前を知ってるの?」
どうして、それは言うべきなのだろうか。…さて、どうしたものか。 腕を組み、なぎさを見つめ返すDIO。そうしていれば蝋燭の灯に照らされたその黄金の髪がきらりと光りを放った。その瞬間なぎさの眉がピクリと動き、そっとDIOの髪に手を伸ばす。
「きらきら、きらきら」
そう繰り返すのはなぎさが寝る前に同じようにDIOの髪に触れながら口にした言葉。何と言うデジャビュ。
「…あ、おにーさん。太陽のおにーさんだ」
…これは一体、なんなのだろうか。思いだした、そう表現していいのだろうか?
「なぎはね、なぎさ。おにーさんは何て言うの?」
なんの脈絡もなくDIOに名を尋ねるなぎさ。自由気ままに、思った事を即行動に移すその姿はさながら猫のよう。
「DIOだ」 「でぃお?」 「DIO」 「でぃおー」
興味本位かなぎさを膝に乗せちゃんと発音できるまで教え込むDIOを前にして、テレンスはどうしたものかと頭を抱えた。
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