01
死と血の匂いが充満する館の中を分厚い本を手にしたDIOは歩く。 食欲と性欲を同時に満たした女の亡骸を適当に放り投げ、暇つぶしにと図書室に寄って適当な本を選び、寝室へと戻る途中にその気配は現れた。この表現がしっくりくる。寝室まであと数メートルという所でそれは本当に唐突に、なんの前触れもなく現れたのだ。 誰にも気付かれずに。新手のスタンド使いか。なら能力は移動に関するモノ…。 これは好機だ。敵なら直ぐに仲間に引き入れるべきだな。
髪を一本引き抜き、バンっと勢いよく寝室の扉を開けるとベッドの上には一人の少女が。暗闇の中でも分かる程白い肌をした少女だ。 それを見てDIOは少しばかり眉を上げた。 ベッドの上にへたり込み、ボーっと宙を見つめる少女からは何も感じない。殺気も、何も。 ただ生きている者の、芳しい血の匂いだけがDIOの鼻を刺激する。そしてそれは今までに嗅いだ事のない匂い。薔薇の匂いに紛れる事無くそれ単体でこの鼻を刺激する。美味そうだと、ただ単純に思った。
ああ、面白いじゃあないか。
一歩、また一歩と確実に少女へ歩みを進める。 無駄に大きい天蓋ベッドの端に辿り着いた所でゆっくりと少女がDIOの方へと顔を向けた。澱みのない無垢な少女の目に見つめられる。
「やあ、お嬢さん」
手中で蠢く肉の芽を隠す事無く少女に近付くDIOから放たれるのは誰をも虜にする色香。 魅惑の声色でDIOは少女に尋ねる。
「名前を教えてくれないか?」
その巨体で少女の上に圧し掛かり、絶対的な安心感を与えるDIOに少女は首を傾げた。DIOに押し倒されたその状態で何かにまどろみながらそっと口を開く。
「なぎね、」
なぎ。それが少女の名なのだろうか。 一度言葉を切り両目を擦った後、今度は真っ直ぐDIOを見つめる。
「なぎね、なぎさね、なんだかすごく疲れたの。」
疲れた。それはスタンドを使ったためか。確かに呼吸が荒い気がする。吐く息が熱い。 頭がぐわんぐわんするの―。そう言いながらなぎさは何を思ったのかすっとDIOに手を伸ばした。一瞬身構えたが殺気も何も感じなかったためとりあえず好きなようにさせておく。
「きらきら」
蝋燭の明かりに照らされたDIOの金の髪に指を通し二三度梳いた後それをゆっくりと掴んだ。目の前にあるこの世のものとは思えない程魅惑的な容姿を持った男の髪をその小さな手で優しく包み込むこの少女、なぎさはいったい。
「太陽みたいなのに、熱くないんだね。優しいお日さまの色」
闇に君臨するこのDIOを、太陽と、この身を唯一傷つける事の出来るモノに例えるのか。 きらきら、きらきら。うわごとのようにそう言い続けるなぎさはそこで初めてにこりと笑った。
「おにーさんはなぎが好きだけど嫌いな、太陽みたいだね。」
好きだけど、嫌い。 ぱたりと腕が落ち、すーすーと寝息を立てだしたなぎさをDIOは静かに見降ろす。一体この少女は何者なのか。何のために此処に来たのか。間者なのか否か。結局何も分からなかった。それでも何故か殺す気にはなれなくて。 なぎさを乱雑にクッションを積み重ねた所に放り投げ、その隣に身を沈めて本を開く。さて、どうするか。まあ後でテレンスでも呼べばいい。
なぎさの少し荒い呼吸をBGMに更けて行く夜の中、DIOは静かに本を読み進めて行く。
まあせいぜい、楽しませてもらおうじゃあないか。
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