吸血鬼/手錠/残業三題噺 

カチャカチャとキーボードを打つ音だけが、社内に響き渡る。冬のこの時期、もう外は既に真っ暗で。
時計は夜8時を回っていた。

「……ハァ……。肩痛い」

ずっとパソコンとにらめっこしていたからか、目はチカチカするし、慢性化してしまった肩凝りのせいで肩はパンパン。

弱く息を吐きながら、私はキーボードから手を離し、拳で自分の右肩を軽く叩いた。……すると、肩を叩いていた自分の拳と、自分以外の誰かの手がぶつかった。

「……残業か?」
「……うわ!伊達さん!!」

いつの間にか私の背後に立っていた伊達さん。人間じゃないみたいだよ。全然気付かなかった。しかも背後に居ただけではなく、何とパンパンに張った私の両肩を指圧してくれている。……え?何?これどんな状況?色んな事が突然で、疲れきった私の頭はショート寸前です。

「……伊達さん、まだ残ってたんですか?私はてっきり、こんな時間まで社内に残ってるのは自分だけだと……」

わが社の定時は午後5時。延びても大抵午後6時。結構恵まれた環境だと思う。
だから午後8時にまだ会社に残っているというのは、わが社ではちょっと珍しい事なのだ。

「一旦家に帰ったんだが、……忘れモンしちまってな」
「あぁ。そうだったんですか」

会話の最中も、伊達さんの手は休まず私の肩を揉み解していく。

「アンタは何で居残りなんかしてんだ?」
「私先週、風邪拗らせちゃって。何日か休んじゃった上に、出勤しても暫くあんまり仕事進まなくて……」
「……Ah……成る程な。だからその分今片付けてんのか」
「その通りです。……っていうか、あの……今更ですけど、……何で伊達さんが私の肩揉んでくれてるんですか?」

本当に今更だが、尋ねてみた。何で伊達さんが私の肩を揉み続けているのか。……いや、気持ち良いんですけどね。

そもそも私、伊達さんとあまり喋った事が無い。同じ会社で同じ部署に居るが、半分以上は女子社員と喋っているし、事務的な会話で男性社員と喋る事はあっても、かなり簡潔。あとは……せいぜい挨拶するくらい。

「別に意味は無ぇよ。名字が一人で頑張ってたから、ちっと揉んでやっただけだ」
「……は、はぁ……」

何でも無い事だと言うようにニヤリと笑う伊達さん。そこから八重歯がチラリと覗いた。
あまり話した事が無い相手の肩を急に揉むなんて……、あまり社交的ではない私には理解出来ない。納得出来ないまま生返事を返すと、伊達さんは「coffeeでも淹れてやる」と言って給湯室に入って行った。


「……ホラよ」
「あ、有難うございます」

温かいコーヒーが目の前に差し出された。伊達さんが私の為に淹れてくれたのだ。
湯気を立たせたコーヒーをおずおずと受け取り、恐る恐るお礼を言う私を見て、伊達さんが少し笑った。

「別に取って食ったりしねぇよ」
「そ、そんなの分かってますよ!!」

真っ赤になりながら反論する私に、伊達さんはクツクツと喉を鳴らして笑った。

……伊達さんがモテる理由、分かるなぁ。女子社員全員と言っても過言ではないほどに、超絶な人気を誇る伊達さん。その整った顔は勿論、色気のある声と雰囲気。なのに時々見える八重歯が可愛かったり、こうやって優しい所があったり……。

今まであまり話した事がなかった私は、『イケメンでモテる伊達さん』くらいの認識しか無かったけど、この短時間で彼の不思議な魅力がよく理解出来ました。

「……名字とは今まで喋った事無かったから、今日こうして話せて良かったぜ」
「ふふ。そうですね。私も伊達さんと喋れて良かったです」

そう笑って言った後、私は伊達さんが淹れてくれたコーヒーに口を付け、ズズッと一口飲んだ。
















…………そこで、私の記憶は途切れてしまう……。





━━━───……





「………ん、」

瞼をゆっくり開けてみると………、そこは見慣れない地下室のような部屋。薄暗く、肌寒い。自分以外に人の気配は無く、酷く静かだった。…………とてつもなく不気味。

(……え?私、寝てた……?っていうか、ここ何処……?)

いきなりの状況に、私の頭がぐるぐるしていると、手首にヒヤリと冷たい感触がした。

「……手……錠?」

両手を後ろに組まされて、壁に付いているパイプのような物に手錠で繋がれている。

「……何コレ……本物?何で?」

腕を動かし、手錠を取ろうと試みるが、ガチガチとパイプに擦れ合うだけで、全く取れる気配は無い。

(う、嘘!何コレ!?)

恐怖を感じた私は、心拍数が急激に上がり、ドクドクと心音が聞こえ、嫌な汗がブワッと吹き出た。


……その時、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。


「……Oh.起きたか名字」
「だ、伊達さん!?」

平然といつもと変わらぬニヒルな顔で私に歩み寄る伊達さんに、私は安堵の溜め息を吐く。

「ハァ〜良かった!これ伊達さんの仕業ですか?」
「あぁ。そうだぜ」
「もう!ビックリしましたよ〜!起きたらいきなりこんな状態ですし。というか、私途中から記憶無いんですけど……どうしてこんな事になってるんですか?」

「アンタのcoffeeに睡眠薬を仕込んだからな」

「なぁんだ!よくドラマとかで見る睡眠薬………………………………え………?」

伊達さんがサラリと言った言葉に、私は固まった。安堵してから笑顔が戻っていた私の顔からも、すっかり笑顔は消える。

「も、もう……冗談キツイですよ。大体睡眠薬って言っても、コーヒー一口飲んで、あんなに即効……」
「人間共の睡眠薬とは格が違う。俺達vampireが作る薬は即効性から効き目まで、全てにおいて優れてんだ」

「……は?人間共…?バンパイア……??……って、つまり……吸血鬼?」

「Yes.」

腕を組んでニヤリと笑う伊達さんからは、また素敵な八重歯が見えた。

「えっと………あの、………失礼ですけど……





頭、大丈夫ですか?」





………おかしいなぁ……。伊達さんはかなりまともなイケメンだと思ってたんだけど………痛いイケメンさんだったのかなぁ……?
眉をしかめて黙想する私。

「……っ!!」

目を開けた瞬間、目の前には伊達さんのドアップ!ビックリした!心臓に悪い!………というか、さっきもそうだったけど、全然音も気配も無いから気付かなかった!

伊達さんがバンパイア……なんて冗談を信じていない私だったが、目の前にある伊達さんの表情は至極真面目で、とてもじゃないが冗談を言っているような様子ではなかった。

「……だろうな。ま、いきなり俺がvampireだっつっても、普通信じねぇに決まってる」

笑いながら肩を竦めて息を吐いた伊達さん。……伊達さんが本物の吸血鬼かどうかは別として、本人はどうやら真面目らしい。

「俺はアンタが信じようが信じまいが、どっちでも構わねぇ」
「……え、」







「……名字の血さえ飲めりゃあ、俺は問題無ぇからな」




舌舐めずりをしながら、伊達さんはまたニヤリと笑い、鋭い隻眼で私を見る。そしてまた八重歯を覗かせたのだが………、……異様に鋭い八重歯に……何だか初めて恐怖を感じた。

(…………ッ!!)

「………俺は一目見た時から、アンタは最高の餌だと思った。血の甲乙は匂いで分かるぜ」
「何を……言って……」

恐怖で震える体と唇。上手く口は回らないし、声も震えてしまう。歯と歯がガチガチとぶつかり合う。

「野郎より女の方が美味いんだが………、その中でもアンタは最高だ。早くに近付き、名字の血が欲しいと思った。……この日をずっと待ってたんだ」

「……伊達……さん……」

「今までずっと人間に紛れて生活して来たが、アンタ程の上玉には会った事無ぇな」

………私はもう……完全に分かっていた。伊達さんの言っている事は、冗談なんかじゃない、……と。

「アンタに淹れてやったcoffeeなんかより、アンタの血の方がよっぽど美味いって……アンタは知らねぇんだな」
「し、知らないに決まって……ます!」

伊達さんはフッと笑い、顔を私の首元へ近付けてきた。

「……と、取って食ったりしないって……言った、のに………!」

恐怖のあまり、私は涙を溢して訴える。

「……あぁ。食いはしねぇよ。……飲むだけだ」

その瞬間、首筋にピリリとした鋭い痛みが走った。耳元からジュクジュクと音が聞こえる。……あぁ……本当に吸われているんだ。
伊達さんの生ぬるい唇の感触に、私は少し身を捩った。

「………安心しな。名字の血を一回で飲み終える気は無ぇ。死なねぇ程度に残して、この傷が消えた頃にまた……」




伊達さんが私にそう言ったのを聞いてから、私はまた意識を手放した………。




━━━───……







「名前!……名前!!」


「………え……?」

目を開けると、同じ部署で仲の良い女友達の姿。不安そうな顔で私の体を揺らしていたが、私が目覚めた事により笑顔に変わる。

「よ、良かったぁーー!忘れ物取りに来たら、名前が倒れてたから……もう超ビックリしたよぉーー!!」
「……え」

辺りを見渡してみると、そこは見慣れた私の職場。そして直ぐ傍には私のデスクと電源が点いたままのパソコン。

「………私……気ぃ失ってたの……?」
「うん。……風邪から体調戻ったばっかなのに、こんな時間まで残業なんかするから……無理したんじゃない?貧血とか」
「………貧血……」

時計を見てみると、時刻は午後9時。私が伊達さんに会う前は午後8時だった。

(………夢……だったのかな……)

現実味の無い出来事だっただけに、夢だったと言われた方がしっくり来る。

(伊達さんが吸血鬼とか……笑える)

フッと一人で笑った後、友達にお礼を言って立ち上がった。

「もうパソコン切って、今日は帰った方が良いよ」
「うん、そうだね。有難う。ちょっと待ってて……」

一緒に帰ろうと思い、急いでパソコンの電源を落とそうとしたのだが……、自分が午後8時まで残業して作ったデータが残っている。

(……え……?)

よく分からなかったが、とりあえずデータを保存し、パソコンの電源を切り、帰る準備を整えた。

「お待たせ!行こう」
「うん!…………あれ?アンタ……その痕は何?」



「え?」



準備万端で帰ろうとした瞬間、友達が訳の分からない事を聞いて来る。

「……ホラ、首のところ………コレ」

私の首筋を指差した後、鞄から手鏡を渡してくれたので、私は震える手で首筋を確認した。






「……………」








………そこには、








赤くなった2つの小さな穴。














*end*






………………………
フリー配布という事なので、ラマ様のお宅から頂いて来ました!!
このシリーズでヨーラが一番好きな話です^^
3ページを無理矢理詰め込んだのでぎゅうぎゅうになってしまった…!





 
back