たゆたう


「I hate you」
「奇遇ね、私もよ」

それは、出逢い方が悪かったのか、それとも社会的立場が悪かったのか。








確かあれは高2のある夏の日、元親が面白いものを連れてきた。

広域指定暴力団 伊達組若頭 伊達政宗

長身痩躯に眉目秀麗、しかも頭脳明晰、運動神経抜群ときた。
こんなヤクザがいてたまるかと思うほどのイイ男。
四字熟語が良く似合う。


不貞腐れた顔をした男が元親に連れられて私達の溜まり場…私物と化した談話室にやってきた時は心底驚いた。

元親よ、悪そうな奴は大体友達とか言ってたけど…マジもんとも友達だったのね…。

「Hum…第2学年の問題児が勢揃いってか」

暴走族総長、元親
闇金やってるとこの養子になった、幸村
その世話係、佐助
繁華街の夜の蝶、かすが
気に入った男に貢がせて、食い散らかしる(らしい)私、咲野 莉兎

そんな私達のグループに政宗が加わった事で教師陣は頭を抱えたらしい。

自分の立場が原因なのか他の生徒と一線引いていた政宗は思いのほか早くに私達と馴染んだ。


第2学年の問題児6人組


私達がそう呼ばれるようになったのは政宗が談話室に来て約3週間後。

そして、私が政宗にカミングアウトされたのは…いつだったっけか。


「アンタのあの噂、あれマジか?」
「知らないわよ。言い寄ってきた男を適当に相手してたらそんな噂が立っただけ。まあ一度でも相手したんだから、私も悪いわねー」

なんていつも通り談話室で6人でサボってたらいきなり政宗にそう問われた。
それに普通に返してたら…あの言葉。

「…I hate you」

なんの脈絡もなくそう言われて思いっ切り目を見開いたのを覚えてる。
佐助は肩震わせて笑ってるし、かすがは殺気立ってた。

頭の弱い幸村と元親は首を傾げていたけど。

さて、そんな売り言葉にはやっぱり買い言葉を返さないといけないでしょ。

「奇遇ね、私もよ」

そのやり取りがいつの間にか私達の"日常"の一部になっていった―――




そして。今。
大学2回の、冬。


視界の端には忙しなく動く救急隊員。

目の前には苦痛に顔を歪めいる政宗。


その腹部は血に染まっていて―――


そして、そんな政宗の手を握って、

「政宗、政宗、政宗、」

狂ったように名前を呼び続ける。


――――私



どういしてこうなったんだろう。
いつも通りに6人で遊んでて…そう、ここまでは普通だった。

なのに、

人込みの中から出てきた俯いていてどこか怪しい雰囲気の男。
そいつが政宗に凄い勢いで走りだしたのと、元親と佐助がヤバいと焦り出したのはほぼ同時。

でも男の方が早かった。

肉が抉られるような音が聞こえ、政宗から聞こえたのは小さな呻き声。


そう、こういう状況はいくらでも予想できたのに。

政宗は、私達とは違う世界の人間なんだから一緒にいる時はそういうのもちゃんと考慮して政宗を、私達の日常を守ろうねって5人で話してたのに―――

佐助が急いで伊達の息がかかっている病院に電話して元親と幸村が男を追いかけて行った。

私は…私、は

崩れ落ちた政宗を抱きしめる事しか出来ない。
かすがが応急処置をしているのを邪魔しないように、でも頭から包み込むように。

政宗が消えてしまわないように―――


どうして、何がいけなかったの。
私達は、ただ、純粋に…。


「政宗…っ!」

救急隊員の人の奮闘も空しく血が、止まらない。
嫌よ、死ぬなんて、嫌よ。

私は、まだ、貴方に―――



「莉兎」

不意に聞こえた、政宗の消え入りそうな声。
私がこれを聞き逃すはずなんてない。

この声が、私は――

「莉兎」

もう一度、呼ばれた。
政宗の顔を覗き込めば苦しそうにでも何処か優しい笑みを浮かべていた。

「ま、」
「着きました」

車が止まり、病院から出てきた白衣を着た人達が政宗を連れて行こうとする。

だめ、待って。
まだ駄目なの、私は、

ガラガラとよくドラマなどで耳にする音が響く。
離れて下さいと私に叫ぶ看護師を無視して走りながらずいっと政宗に顔を近付ける。

「政宗、私…!」
「莉兎」

この瞬間、私と政宗以外の時が止まったように感じた。
ゆっくりと口角を吊り上げる政宗。
それは二人の時によく見る顔で―――

「I love you」

売り言葉には、買い言葉でしょ?

「奇遇ね、私もよ」



手術中の文字が赤く色づいた。
私はそれを地べたにへたり込んだまま眺める。

やっと、言えたんだから。
置いて行かないで。
一人に、しないで―――








それは、出逢い方が悪かったのか、それとも社会的立場が悪かったのか。

政宗は裏世界の人間で私は所謂カタギ。
相容れる事のない世界の人間。

私がヤクザだったらよかったんだろうか。
政宗がカタギだったらよかったんだろうか。
もっと別の出逢い方だったらよかったんだろうか。

何度も何度も考えて、自分に問いかけた。
事実は変えられないのに。


でも、そんなの関係ないような…今はそんな気がする。


出逢った時はまだまだ子供だったけど、それでも分かってた、私達はちゃんと分かってた。
この恋は実らない事を。

それはきっと一歩を踏み出す勇気がなかったから。
私にも、政宗にも。

"嫌い"っていう言葉が私達にとっての"好き"だった。
諦める事なんて、出来なかった。
離れようとする度に思いは大きくなっていった。

政宗の手を取るのなら家族を捨てろと元親に言われた。

でもね、私は欲張りなの。

その時はそう答えた気がする。


でも、きっと今は違う。
政宗の手を取れるのなら、あの人と結ばれる事が出来るのなら私は家族を捨てれる。
それほどまでに政宗は私の中で大きくなっていた。

政宗が腕を広げるなら、私はそこに迷う事なく飛び込める。

私が腕を広げたら、抱きしめてくれるんだろうか?

その答えはどれだけ考えても私には分からない。

だから、ねぇ。

死なないで。
逝ってしまわないで。

私の愛した男はこの程度で死ぬようなそんな柔な男じゃないでしょう?


たゆたう
(この想いを、ちゃんと伝えさせて)



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