愛したくて愛したわけじゃない。


遊郭で私を誘う男を待っている時、あの男は現れた
右目に眼帯をした男は戦帰りのような昂り方をしていて、この男の相手は面倒臭そうだと思い、少し身を引けば

「太夫、伊達政宗様でございます」

あぁ、どうりでどこかで見たことのある感じだったのか
この地の領主様なら私が相手をしないといけないではないか

他の子が頬を染めて彼のお方を見るなか、微笑みを浮かべて近付けば荒々しく腰を抱かれた

「部屋へ」

案内しろと言うその声には余裕が感じられなくて
部屋に着けば早急にこれまた荒々しく抱かれ、私がなにかをする暇などなかった

「戦帰りでありんすか?」
「Ah…?あぁ…」

事が終わった後、着物を整えながら振り向けば布団の上で煙管を吸う裸の政宗様

「傷が…」

その手に傷が見えそっと撫でれば腕を強く引かれ抱き締められた
小さく悲鳴を上げ、少し身を捩れば着物を乱される

「名は?」
「咲野でありんす」
「…そうか」

今度は最初と違い私の名を何度も囁きながら優しく抱く政宗様
政宗様の名を呼べばさらに優しくなるので、この人は私に何を求めているのか分からなくなった



それから一月ほど政宗様はここに通うようになった
毎晩優しく、愛情を注ぐように抱くものだから私に誰かを重ねているのかと勘違いをするのも道理だろう
まあ、私には関係のない、どうでもいい事だが


ある日を境に政宗様が来なくなって約十日
政宗様とは別の男の人の相手をし、下に戻れば般若のような顔をした彼がいて、その後ろにはいつもはいない左頬に傷のある人が

「咲野」

いつもとは違い怒気を孕んだ声で名を呼ばれる
近付けば初めのように荒々しく腰を抱かれ、貪るような口付けをされた

「お前は俺のだろ?」

なんて、いつの間に私は貴方の物になったのだろうか
射るような瞳で見つめられ、誤魔化すように首を傾げ微笑めば返ってくるのは荒々しい舌打ち

「政宗様、わっちは」
「黙れ」

来いと言われ担がれた
店の主人が嬉しそうな声で見送るのが耳に入った
なるほど、私は売られたのか
主人のあの喜びかたはよっぽど高値で売れたのだろう、私は

馬で城に行く間も政宗様の寝床に連れていかれる間も、政宗様は私を抱く力を緩める事はなかった
逃げるとでも思われているのか
仕えるべき人が店の主人から政宗様に代わったのだからそんな事はしないのに

雑に布団の上に放り投げられた
体勢を直す間もなく覆い被さってきた政宗様に両手を押さえつけられる

「名は」
「咲野でありんす」

まるで最初のようなやりとり
違うのは咎めるように口を塞がれたこと

「真名は」
「…」
「その花魁口調も止めろ。俺はアンタにただの男と女として聞いている」
「…莉兎と申します」

莉兎
と政宗様の口から紡がれる私の真名は優しく私を包み込んだ
胸が締め付けらる感じがした
子宮が疼く
今までにない感覚、感情

何故かその夜はいつもより甘いものになった気がする


その日から政宗様は何処に行く時も私を連れ歩くようになった
身に纏う着物は政宗様が用意して下さった遊郭で着ていた物より高価で上品なもの
執務中も私を側に置き、休む時は私の膝の上
食事も共にし、湯浴びも何故か一緒
夜は当然のように共にする


そんな生活が続いて約半年、それが当たり前になってきた頃、それは突然にやって来た
いや、今までなかった事の方がおかしいのか


政宗様への縁談の話


田村の姫様や甲斐の武田信玄のご息女など私とは違い立派な家柄の方々
これから伊達家も大きくなっていくのだから、よかったですねと言えば何故か不機嫌になる政宗様
杯を乱雑に置き、力任せに布団へ押し倒される
酒が零れようとお構い無しだ

「アンタはそれでいいのか?」
「私は政宗様に買われた身、主人である政宗様の事にとやかく言う権利はございません」
「じゃあただの女のお前はどうだ?」

ただの女としての気持ち?
…少し考えてみる
政宗様が私とは別の人と一緒になって子を成す
…私とは別の人と

チクリと胸が痛んだ
ここに来た日に感じたあの胸を締め付けられる感じとはまた別の
あの時のような甘いものではない
切なく、哀しい―――

「莉兎」

政宗様に名を呼ばれ、親指の腹で目をなぞられて気付いた
泣いてる…私が?
快楽以外の感情で…?

「わ、私は…」

溢れる出てくる涙
それを止める術なんて知るはずもなくて

「ごめんな、さい…」

拭っても拭っても止まることのない涙

「Don't cry」

半年経っても慣れる事のない異国語
何を言ったのだろうと思い顔を上げればきつく抱き締められた

「俺はアンタ以外の女を側に置くつもりはない」

耳元で囁かれた言葉
この人は、何を言っているのだろうか

「私は、遊女の出です。このような穢れた女唯一人をお側に置くなど、」
「俺が置きたくてアンタを側に置いてんだ。他のヤツは関係ねぇよ。俺はアンタしかいらねぇ」

本当に、この人は
私の欲しい言葉をくれる

いけないと分かっているのに、側にいたくなる
ずっと、ずっと一緒にいたくなる

こんな感情私は知らない
この想いの名を私は知らない―――

「莉兎、アンタはどうだ?」
「私は、我が儘を言っていいのでしょうか…?」
「アンタの可愛い我が儘ならいくらでも聞いてやる」

ちゅっと唇に落ちてきたのは優しい口付け
それがなんだか擽ったくて身を捩れば、両の頬を大きな政宗様の手で包まれた
反射的にそれに擦りよればこつりと額が合わさる
これはこの半年で染み付いた習慣

「私は、政宗様とずっと一緒にいたいです」
「あぁ、俺もだ」
「何をするにしても、私だけにしてください」
「アンタしかいらねぇよ」

それから、それから
言葉にしきれない感情が、想いが溢れるんです
もっと、もっとと

「もう、話すな」

強制的に唇を塞がれた
うぐ、と間抜けな声が漏れる

余裕なんて、ない
ただ身体が政宗様を欲している

目をうっすらと開ければ獣のように目をぎらつかせた政宗様と目が合った
あぁ、この人も余裕なんてないんだ

身体を重ねる度に溢れ出す感情



―――私達はこの感情の名をまだ知らない




(愛すべくして愛したの。)


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