俺だけが、君に


大学の裏にあるここは、意外と穴場だ。
端から見ると木の生い茂ったところだが、実際中に入ってみると一部だけ木のないぽっかりと空いたspaceがある。
片手で足りる数しかないベンチにはちょうど心地の良い日差しが当たり、サボリにはもってこいな場所。

仲間内にも教えていないこの場所に、今日は先客がいた。
木と木の間にsheetをひきその上で寝ている知らない女。
ぱっと見じゃ気付かない茂みの奥に女が転がっているのを見付けた時は死体かと思って心底驚いた。
まぁ、幸せそうに寝ているそいつの顔を見たら安心より脱力感の方が先にきたんだが…
…俺の一瞬の焦りを返しやがれ。

未だに眠り続けるそいつの隣に座って少し、観察してみる。
隣にブックカバーに包まれた本があるから読んでる間に眠くなったんだろう。
何を読んでいたのか気になるが、人のモノを見るのは止めとくか。
起きた時にでも聞けばいい。
…なんて、俺は一体何を考えてるんだ。らしくねぇ。
ふと視界に入ったそいつの長い黒髪に指を通してみる。
指通りのいいそれは意外にも暇潰しに丁度いい。

寝顔を見ながら髪をすくなんて末期か、俺は。
しかも見た事もない、話した事もない女の。

「んぅ…」

暫くそうしていると女は微かに声を上げた。
ふるりとその長い睫毛が震える。
ゆっくりと瞼を上げ、焦点の合わない目で俺を見つめる。
まだ、頭が覚醒してないのだろう女はボーっと俺を見つめ続ける
何か良い夢でも見ていたのだろうか、口元が少し緩んでいた

その微かな笑みに、柄にもなく魅入ってしまった。

更に、俺に向かってほほ笑むから、つられて口元を緩めれば

「って、えぇぇえ?!」
「…うっせぇ」

全力で叫ばれた

何だ、俺が笑った事がそんなにも意外か…。

なんて一瞬思ったが、目が覚めたら隣に何の面識もない男がいて自分に向かって微笑みかけてたら…そりゃ驚くな。
慌てて起き上がって寝ている間に乱れた服を整えているそいつに心の中で謝る。





あの女は名前を咲野莉兎というらしい

結局あの後莉兎の授業が始まるまで話し込んでいた。
話してみると中々面白い奴で思わず連絡先まで交換しちまった…。
俺にしちゃ、珍しい。
女の連絡先を自分から聞いたのは初めてな気がする。

切れ長な目を持ち、大人っぽい落ち着いた雰囲気な莉兎は俺より年上かと思ったが予想外に同じ年だった。
かなり意外だ。

「なんだい政宗ー!考え事かい?」
「うっせぇ前田の風来坊」
「政宗が考え事とは珍しいじゃねぇか」
「黙れ。単細胞なてめぇと一緒にすんな」
「あぁ?!んだと!!」
「はいはい二人共止めなさいって」

いつものメンバーでいつも通りな日常
高校から続くこのやり取りを飽きることなく続けてきた。
普段通りならこの後は適当に騒いで遊びに行くんだが…

今日は少し違った

視界の端に映ったのはあの綺麗な黒髪。
前を向いて颯爽と歩くその姿は凛っとしていて暫く魅入っていた。

ただ、何処かおかしい。
莉兎が、ではなくてその周りだ。
あれだけの女が歩いているのに誰も莉兎に気付かない。
気付いて、いない。

まるで其処に莉兎が居ないかのように
存在なんてしていないかのように

「何々政宗〜良い子でもいた?」
「ちげぇよ…」
「って、何処に行くのさ」

肩に回って来た慶次の腕をのけてさっき莉兎が歩いて行った方に向かう。

あいつらも莉兎に気付いていなかった。
俺以外、誰も

その事実に湧き上がってくる満足感

俺だけが莉兎を知っている。
彼女の存在に気付いている。

何故かは分からないが凄く嬉しいと、そう思った。




「幼い頃から、誰も私に気付かないの」

莉兎と出会ったあの場所でさっきの事を聞くと彼女はそう答えた。

「家族は大丈夫なんだけど…ある程度仲良くならないと中々気付いてくれないの。高校までは何とかなったんだけど…やっぱり大学になると交流も少なくなるからねぇ…」

これはもう体質かねぇ
なんて、ベンチに座って話す莉兎は薄く微笑んでいる

何故、笑える?
誰にも気付かれずいままでこの大学で過ごしてきたのに
どうして…あんたは笑っている?

「…あんた、何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「ん?そう?」
「あぁ…何か生き生きしてんぞ?」
「んー…きっと、政宗は私に気付いてくれたから」
「っ?!」

下から覗き込むようにして言う、莉兎
その台詞も赤い顔も何もかもが


不意打ち、だ


恥ずかしそうに微笑んだ莉兎は俺から視線を外していきなり立ち上がった。

「政宗に初めて会った時、すごく嬉しかった。私は政宗の事知ってたけど話した事はない…なのに政宗は私に気付いた。初めて、誰かに気付いてもらえた事が嬉しくて嬉しくて…私も、ここに存在してるって思えたの」

誰にも気付かれずに過ごしてきたというのに何故か嬉しそうなのは俺が、莉兎に気付いたからだという
その事実が何故か、嬉しい

「政宗のお陰で私は救われたの」

気付けば莉兎を抱きしめていた。

いきなりの事に訳が分からないと身を固くするが、それは俺も同じだ。
自分の行動が分からない。
ただ抱きしめたいと思ったから抱きしめた。

「政宗、あったかい」
「莉兎もな」

俺の胸元に顔を埋めた莉兎が笑い、俺もそれにつられて笑う。

このひと時が幸せだと思った。
失いたくないと

「ね、政宗」
「ん?」
「…好き」
「Ha…知ってる」
「あ、知られてたの?」
「俺も莉兎が好きだからな」
「何、それ」

くすくすと莉兎が笑う。

幸せだと、莉兎は言う
今が凄く、幸せだと

それは俺も同じだ。
今が凄く幸せだ

そう言えば彼女は目尻に涙を浮かべて微笑んだ

「私を、見失わないできっと見つけて?」
「当たり前だろ?一生離してやんねぇ」
「なに?プロポーズ?」
「…だとしたら?」

「嬉し過ぎて死ねる…」

「いや、死ぬなよ」
「言葉のアヤ!」
「…ったく」




きっと、一目惚れだったんだ
あんたと目が合った瞬間。
あの瞬間に俺は、俺等は恋に落ちてたんだ

なんて…少女漫画によくありそうな事だが、きっとそうなんだ

俺等は出逢うべくして出逢った
誰にも変える事の出来ない運命

この時ばかりは運命ってヤツに感謝しねぇとな





(気付いた)
(…見付けた)



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