ハンバーグにポテトフライ。オリーブオイルをベースにしたドレッシングのサラダと、スープ。真ん中にはケーキを置いて。クラッカーの準備も万端。部屋もそれらしく飾りつけたり。見た目が可愛くてつい買ってしまったアロマキャンドルに火をつけ、部屋の照明を落とせば完璧だ。あとはここの家人を待つだけ。ただ、それだけだ。

11月11日 23時32分
「お仕事、忙しいのかなあ…」
暖房の効いた部屋に長時間放置していたケーキは徐々に溶け出してきていた。ついでにと便乗したポッキーはシャンパングラスをチョコで汚しはじめてしまっている。とりあえずケーキは冷蔵庫に避難させよう。ただでさえ不格好なのにこれでは見るに耐えないものになってしまう。
作り始めたのは確か18時頃だったか。料理はすっかり冷めてしまっていた。埃をかぶってしまったらいけないので、とラップをかけるがもう遅い気がしてならない。出来上がったのは20時頃だったような気がする。私だけが浮き足立っていて、ろくに時間など見ていなかった。
お祝いの言葉は、すでに伝えてあるのだ。一応だけど。
組の抗争だとかクスリだとか違法マイクだとか。ここ数週間の左馬刻さんは長期休み時のサービス業かと思うほど忙しい。私を事務所に届けてそのまま出かけ、帰ってこないなんてざらにある。一足先に帰り料理だとかお風呂の準備をするけどゆっくりしている時間はないようで。お風呂も食事もさっさと済ませて、私を抱いてまたお仕事へ。たまの空き時間に抱き枕として呼び出されるがそれもほんの数時間。疲れが取れるはずもない。繁華街でみかける左馬刻さんは変わらず輝いているが少し陰っているように見える。食事も睡眠も、ろくにとっていないことは一目瞭然だった。そんな左馬刻さんは昨晩、いつもより早く帰ってきていた。お風呂から上がれば灰皿いっぱいの吸殻と心底眠そうな顔をした左馬刻さんが。寝ますか?と声をかける前に口を塞がれあとはもうなすがままされるがまま。眠たいからかいつもより緩やかな動きで私を責め立てた。左馬刻さんが外から連れてきた匂いがすっかり薄くなってもその行為は続いた。解放された頃には日を跨いでいて、泥のように眠る左馬刻さんに口付けを落としながらお祝いの言葉を送ったのは記憶に新しい。起きた頃にまた言えばいいと思って。それなのに、昼前に目が覚めた頃には隣はもぬけの殻で、ベッドシーツはすっかり冷え切ってしまっていた。
だから今度はちゃんと伝えたくて。左馬刻さんがいなければきっと私は今頃どこかでのたれ死んでいただろうから。もしかしたら、父と一緒に殺されていたかもしれない。クスリの過剰摂取で 死んでいたかもしれない。そんなかもしれないが、今の私の下に横たわっている。どの私も、今の私を恨めしそうに見上げている。ごめんね、左馬刻さんが私に飽きるであろうその日まで、私が捨てられるその日まで、ここは誰にも譲りたくないの。それがたとえ、過去の私でも。

11月11日 23時56分
待てど暮らせど左馬刻さんが帰ってくる様子はなくて。携帯は充電が減る一方でその役割を果たしてはくれない。
なんとなくカーディガンを羽織りマンションの外へ出てみる。すっかり冷え込んだ空気が心だけでなく身体も芯から冷ましていってしまう。
確かに、自分の誕生日に関しては一番無頓着な人なのだ、左馬刻さんは。私が料理本を眺めたりしているのを後ろから覗き込んで「あー、そういえばそろそろだな」なんて 興味がないように言い放ってしまえる、そんな人なのだ。私含めじゅとさんやりおーさん、舎弟さんの誕生日もちゃんと覚えているのに。自分の事に、あまりにも興味がなさすぎるのだ。
「…さむ」
少しでも左馬刻さんを感じたくて拝借したカーディガンは風を孕んで余計に寒い。染み付いた匂いも遠の昔に攫われてしまった。
時たま通る車はまるで私なんか見えてないみたいに過ぎ去っていく。足の先はすでに感覚がなくて、まるで左馬刻さんに出会う前に戻ったかのよう。
「…早く、帰ってきて」
昔は1人なんて平気だったのに。左馬刻さんに拾われてからの私は弱くなる一方だ。もう、左馬刻さんなしでは生きることすら覚束ない。

「っ撫香!」
遠くで私を呼ぶ声がした。怒鳴り声に近いそれは温もりを携えて近付いてくる。時間を確認すれば24時13分。ああ、とっくの昔に終わってしまっている。
「ンの、馬鹿女!なにしてやが、」
無遠慮に脇の下に手を差しこまれ、力任せに引き上げられる。そのままの勢いを利用して左馬刻さんの襟を引き寄せる。瞬時に状況を理解してくれるあたり、さすがだ。ゆるく重なった唇は徐々に深いものへと変わっていく。今日は私の好きなようにさせてくれると思っていたのに、気付けば形成逆転。私が有利だったはずなのに左馬刻さんに支えてもらわないと立ってられない。
「っぁ、お誕生日、おめでとうございました」
「あー…」
わるい、そう耳元で零した左馬刻さんはバツが悪そうに私を抱き抱えてエントランスに入っていく。お料理、温めなおしますね。すっかり萎れた銀髪を梳きながら言えば返ってくるのは気のない返事。それでも添えられた手が宥めるように動くので、なんだか笑ってしまう。
「あのね、今年は誕生日プレゼント用意してないんです」
「あ?別にンなもんいーよ。美味い飯が待ってんだろ?」
「えっと、ちがくて、」
プレゼントは私って、したくて。
そう囁けば一瞬目を大きく見開いた後私の大好きな二ヒルな笑みを浮かべる。そいつぁちゃんと、味あわねぇとなあ。なんて、吐息がくすぐったい。
はやく、私に感謝の気持ちを伝えさせて。貴方に食べられることでしか、伝えられないこの思いを。




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