お決まりの音楽とともに俺達麻天狼とMAD TRIGGER CREWの投票数が発表される。隣の独歩はどこか落ち着きがなく、先生もいつもよりソワソワしているようだった。そんな2人に囲まれて、1の位から明らかになる数字を見ながら俺の頭の中は1つのことで締められていた。

ああ、早く彼女に会いたい。声が聞きたい


「っ、はあ、はあ、」
ホテル内に谺響する荒い吐息。滴る汗は照明を反射しながら床へと落ちていく。結果発表前に着替えたスーツはホストモードを保てるギリギリまではだけていて、到底子猫ちゃん達の前には立てない出で立ちだ。撮影にインタビューに優勝のお祝い。それら全てを終わらせて、ちなみに興奮冷めやらぬ独歩を放置して、1人宛てがわれた部屋へと急ぐ。
汗でルームキーが滑ってしまい、さらにそれに焦って扉の前でもたつく。なんとも格好がつかない。靴を脱ぐのも面倒くさくて、帰宅後の独歩のようにスーツを放り投げて携帯を取り出す。履歴から呼び出す前に深呼吸をして呼吸を整えて。GIGOLOの顔からただの一二三に戻って。呼び出し音すらわずわらしくて。
『はい』
薄い携帯越しに聞こえる彼女の声に、高鳴る胸の鼓動を抑える術なんて、俺は持っていない。
「遅くにごめん椿っち、寝てた?」
『いえ、なんだか興奮して眠れなくて……。あの、一二三さん』
「うん?」
『優勝、おめでとうございます』
「……うん。ありがとう」
何度もかけられた言葉だが、椿の声で聞くとそれがとてつもなく大切なもののように聞こえる。怪我や先生、独歩の心配。労りの言葉。バトルの感想。テレビで中継を観ていたという椿はいつもより早口で言葉を紡いでいく。
「うん。うん。……ねぇ椿っち」
『はい?』
「もしかして、泣いた?」
『……どうして、ですか?』
「なんだかいつもより鼻声だから」
『……私には、ラップバトルで一二三さん達がどのような傷を負っているのかは見えません。でも、耳に届く一二三さんの声が身体の傷を伝えてくれるんです。貴方がどんな状況なのか、声が、教えてくれるんです』
「心配してくれた?」
『それが、間違っていることだとは分かってるんです。でも、でも、私には傷付いていくのをただ聞いていることしか出来なくて、傍で、癒してあげられるわけでもなくて、それがなんだか悔しくて。こんなこと、思っていいはずないのに』
「どうして?俺っちすっげー嬉しいけど。椿が心配してくれて。傍にいたいって、思ってくれて」
『でも、だって、戦っている一二三さんにそんなことを思ってしまうのは、違うって。貴方は、傷付くことも厭わず世界を変えるために戦っているのに』
なら、泣いてしまっている君のその涙を拭えない俺の方が間違っている。
病状が悪化してしまった椿はもう立つことも歩くことも出来なくて、次に何処が止まるのかも分からない。いつ止まるのかも分からない。そんな彼女を1人病室に残し、1人で泣かしてしまっている俺の方がきっと、間違っている。
「なら、次のバトルは俺っちの傍で見守ってよ。看護師さんに頼んでさ。先生には俺っちと独歩でお願いするから」
『でも、私、』
「大丈夫、大丈夫だよ椿。次のライブの時、椿はちゃんと俺っちのリリックを聴くことが出来るし、俺っちの温もりをちゃんとその肌で感じることが出来る。大丈夫だから」
次の瞬間には心臓が止まっているかもしれない。その両の耳が音を拾うことは、二度とないかもしれない。そんな恐怖と1秒1秒付き合っている椿に、俺はこんな言葉しかかけてやれない。不安に飲み込まれそうな夜に、大丈夫と声をかけてやることしか出来ない。この声が好きだと言ってくれた彼女に、俺はこんなことしかしてやれない。
「ね?だからほら、ベッドに寝転んで携帯を耳元に置いて。椿が寝るまで囁いてあげる」
『ふふ、囁いてくれるんですか?』
「羊を数える方がいい?」
『なんだか笑っちゃいそうですね、それ』
「えー、なんでさー」
ラップバトルには勝てても君を救える手立てを何も持っていない俺は、今日も椿の声を聞きながら悔しさを悟られないように飲み込む。次に彼女の声を聞いた時、どこも、何も止まっていないようにと願いながら。
優勝の嬉しさなんて、バトル勝者の称号なんて、手にした大金なんて、彼女の前では無力でちっぽけでしかない。



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