もう嫌だ。全てを投げ出してしまいたい。
クソ客のクレーム対応に上司のいびり。理不尽な説教に残業続きの毎日。最後の休日がいつだったかも思い出せない。曜日感覚はとうの昔に狂っていて、休日ダイヤと平日ダイヤを何度間違えたことか。毎日寿命を削りながら働いていると言っても過言ではないかもしれない。

「もうほんとやだ……働きたくない……」

極めつけは自宅マンションのエレベーター故障中の張り紙だ。ついてないとしか言いようがない。今年は厄年かなにかだっただろうか。
疲れた体に鞭を打って一歩また一歩と階段を上がっていく。ゆれる体に合わせてガサガサとコンビニの袋が音を立てる。明日は昼出勤の為今日こそはと思い途中でお酒とおつまみを買ったのだ。ちなみに我慢出来ずに途中の公園で1本空けている。お酒のあまりの美味しさと虚しさが胸の中でかき混ぜられて泣きそうになってしまったのは秘密だ。
湯船にゆっくりと使って疲れを取り、録り溜めたドラマを観ながらお酒を飲む。目覚ましをセットしないで眠りにつけたらどれほど幸せか。もういっそそのまま永遠に眠りについてしまいたい。

「いや、それより会社が爆発すればいいんだ……きっとそ、うきゃ?!」
「あ、あぶない!」

日付が変わる前の休日の深夜に似つかわしくない声が2つ、マンションに響いた。階段を踏み外してしまった私と、抱き留めてくれた誰か。
バクバクと心臓が音を立ててうるさい。背中越しに伝わるのは誰かの熱と私と同じくらいの速度で脈打っている心臓の音。酔いも眠気もどこかへ飛んでいった。

「びっくりした……」

腰に回された腕にぎゅっと力が込められる。この声は確か、同じ階に住む観音坂さん。

「えっと、あの、観音坂さん…?ありがとうございました」
「え、あ、す、すみませんすみません!咄嗟のこととはいえ女性の腰を掴んでしまって……!」
「そんな!危ないところを助けていただいてありがとうございます」

階段の踊り場でペコペコと2人して頭を下げ合う。そんな状況に思わず吹き出せば、観音坂は驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。

「よかった。毎日疲れ切った顔をしてたから心配で…」
「え、」
「俺が言えた立場じゃないけど、君が毎日頑張っているのは知ってる。でも、頑張りすぎないで。しんどくなったら1度立ち止まってみて。逃げたっていいんだ」

それじゃあおやすみ。と観音坂さんは足早に立ち去ってしまった。なにが起こったのか、頭がついて行かない。言われた言葉をゆっくりと反芻して、そしてなぜだか涙が溢れた。




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