白を基調とした店内に響く女特有の高い笑い声。四方から香る甘い匂いに鼻から犯されているような錯覚さえ生じる。全席禁煙と書かれた張り紙にも、無遠慮にぶつけられる視線にもそろそろ耐えきれなくなって来た。何度席を立とうと思ったことか。カフェインではなくニコチンを摂取したい。

「ねぇ、あれって、元TDDの碧棺左馬刻だよね?」
「ええ〜近くで見たらヤバいぐらいかっこいいー」
「でも一緒にいる地味な女誰?妹?」
「まさか彼女?全然釣り合ってない〜」

撫香がギャルの真似事をしている時から単語は変わっても言われる内容は変わらない。女の自尊心を高める陰口の種になるのも気に食わないが、自分の女の陰口を叩かられるのはもっと気に食わない。言いたいことがあるなら面と向かって言え。が左馬刻流である。
いつもなら椅子を蹴り声を荒らげている。どれだけその場の空気が凍てつこうとお構い無しだ。気に食わない奴は全員黙らせてきた。なのに、そうしないのはやはり目の前で嬉しそうに口元を緩めて写真撮影に興じる撫香のためである。パンケーキ単品で、アイスティーを添えて、終わったら今度は左馬刻が頼んだケーキとコーヒーの番だ。コーヒーはもう殆ど残っていないが、コップに書かれた店のロゴが重要らしい。

「ごめんなさい左馬刻さん、お待たせしました」
「おっせぇ。まだ大量のカメラアプリ入れてんのかよ」
「まさか!いくつかは消しましたよ」
「いくつかは残ってるってか。相変わらず面倒臭ぇことしてんな」
「もう癖みたいなもので。あ、左馬刻さんこっち向いてください」
「あ?」

文脈も読み取れないぐらいテンション上がってるのかと思えばカシャリと撫香の持つ携帯が音を立てた。カメラに向かってガンを飛ばす左馬刻を見て彼女はさらに顔を緩める。

「これは左馬刻さんが1番格好よくなるアプリですよ」
「俺様はいつでも1番カッコイイだろ」
「ふふ、それはもちろん」

撫香がナイフとフォークを手に持った頃にはパンケーキの上に乗ったアイスは既に溶け始めていた。左馬刻も店で1番甘くなさそうなケーキをつつく。撫香は美味しい美味しいと言っているが、正直彼女が作るものの方が何倍も美味しい。最近やっと凝ったケーキが作れるようなり、左馬刻の味の好みを完璧に把握しているため見た目も味もいい料理を毎日作っている。たまにこうしてパンケーキやらおしゃれなランチやらを食べに行っては盛り付け方などを盗んでいるようだ。左馬刻にとっては見た目などは二の次だがどうせなら見た目も良くしたいというのが女心というやつなのだろうか。

「私ね、左馬刻さんに釣り合ってないのは100も承知なんですよ」
「どうした、急に」
「でもね。釣り合う釣り合わないって結局決めるのは当事者じゃなくて周りじゃないですか。だからもう、気にしないことにしたんです」

そうは言ってもただでさえ肉のない身体が余計貧相に見えないようにストレッチや筋トレなど運動は欠かさないし、コンプレックスである胸を大きくするための努力を怠っていないことを、左馬刻は知っている。服も化粧も子供っぽく見えないように。左馬刻の隣に並んでもおかしくないように毎日勉強して格闘していることを左馬刻は知っている。

「私と左馬刻さんがこれでいいと思っているのなら十分じゃないですか?」
「…遠回しに椅子を蹴るなって言ってんのか?」
「へへっ。はい、バレちゃいました?体勢変えたからちょっと、びっくりしたんですよ?」

それは吐き出すように、聞こえるように放たれた撫香への罵倒の言葉。気にしていないように振舞っているようではあったが一瞬動きが止まったのを左馬刻は見逃さなかった。ニコチンが切れているのと甘い匂いに包まれているのとでただでさえ理性の糸が切れかけていたのに。無遠慮な言葉の数々が撫香を傷付けるのだけは見過ごすことが出来なかった。なのに彼女は見過ごせと、気にするなと言う。

「私ね、左馬刻さんさえいれば他はなにも要らないんです。知ってました?」
「……」
「左馬刻さんだけが私を知ってくれていればいい。左馬刻さんだけが私を見てくれていればいい、愛してくれていればいい。左馬刻さんだけが、私を必要としてくれればいい」

撫香のフォークが、左馬刻が残していたケーキを攫う。ちょっと、甘いですね。なんて笑う彼女の目には左馬刻しか写していなかった。きっと彼女の耳は左馬刻の声のみを拾い、その肌は左馬刻の体温のみを感じ、伝えるのであろう。撫香の狭い世界の中では左馬刻が中心に回っている。それが不快だとは思わない。自分からそうなるように躾たのだから、大変喜ばしい。

「次は?フレンチだったか?」
「はい!あ、忙しかったら大丈夫ですよ?」
「気にすんな」

撫香を連れて出かけることは外の世界を見せることと同義なため、最初はあまり乗り気ではなかった。1人で出歩かせることも、自分と2人で出歩くことも、世界は2人ではないということを眼前に示してしまうからだ。しかし、世界は左馬刻の腕の中だけではないと知ってもなお撫香は左馬刻から離れようとはしなかった。むしろ依存を強めてきた。それが心地よくて嬉しくて。

2人は今日も周りを踏み台に依存を強めていく。




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