家族も友達も何もかもを棄てて俺の腕の中へ飛び込んできた少女に、俺は一体何を返せるのだろう。
必要最低限の物だけ揃えた物寂しい部屋は撫香用にと揃えたものと初孫喜ぶ爺さんよろしく買い与えたもので随分と賑やかになった。撫香は特に物を欲しがらないので服や服飾小物はほぼ俺の好みだ。なんでも好きな物を買えとカードと現金を渡しているが、買うのは俺の物か生活に必要なもののみ。カードの請求は微々たるもので、使わなかった小遣いは箪笥の肥やしになっている。
今までの女のように適当に物を買い与えるのも、妹のように欲しいものを聞いてそれを買ってやるのもなんだか違うような気がしてならない。
与えられてばかりは性に合わないが、本命の女への貢ぎ方なんて、どうすればいいのかわからない。
誰か教えてくれ。
撫香の細い指に巻かれた絆創膏に気付いたのは、撫香の買う雑誌を保管する本棚を買ってすぐの事だった。理由を問いただせば組み立てる時に切ったと言い、その時はそれで納得し、次からは俺に任せると約束して終わったのだが、あれ以来あからさまに絆創膏の数が増えている。家具を買い足した覚えもないし、指を怪我するような事をさせるわけもない。帰ったら再び問いたださねばと帰宅LINEも忘れてリビングへの扉を開いたところで俺の鼻をくすぐる美味そうな匂い。

「……あ?」

間抜けな声に反応して、キッチンの方でこれまた間抜けに撫香が鳴いた。ひょっこりと顔を出したのはいいが眉が可哀想なぐらい垂れ下がっていて自然に口元が緩む。

「帰ってくるの、早くないですか……?」
「あ?別にいいだろうが。で?何だこの匂い。撫香チャンは包丁もまともに握ったことなかったんじゃねぇのか?」
「まだちゃんと出来てないのに……とりあえず!手を洗ってきてください!丁寧に!念入りに!」

同じような意味だろという返しごと洗面所に押し込まれる。手料理を振る舞うような相手もいなければ、アレに飯を作るのは俺ぐらいだ。ならば、あの匂いは誰が。
処理する時間と言い訳を考える時間をたっぷりと与えて再びリビングへ向かえば先程はちゃんと見れなかったが、家にいたしてはやけに手の凝った髪型と化粧をした撫香に迎えられた。

「目、瞑ってください」

緊張で表情は硬く、声もどこか震えている。冷ややかに見下ろしてもこちらを見ようとしない。早くと急かされるので嫌がらせのように時間をかけて目を閉じてやればそっと湿った手が俺の手を取った。先導するのはいいが震えが伝わってくる。

「あの、その、私こういうことした事なくて、ちゃんと、食べたのももう随分と昔で……」
「長ぇ。前置きはいい。要点は?」
「目、開けてください」

やけに美味そうな匂いが俺の鼻をくすぐる。それに混じって花の香りまでするので、わざわざ買ってきたらしい。酒は多分、いつも俺が飲んでいるものだろう。切りたてのレモンの香りが微かにだがしている。照明に照らされたみずみずしいサラダは微かに光を放ち、先程から俺の鼻をくすぐっていたであろうデミグラスソースは1から作ったのかハンバーグに程よく絡んで美味そうだ。

「……は?」
「その、いつも左馬刻さんに作ってもらってばっかりで、忙しいのに申し訳なくて……もっと練習してから食べてもらいたかったのに、」
「指の傷は」
「へへっ、包丁って難しいんですね。お野菜と一緒に何度か切ってしまいました」
「料理なんて、した事なかったんだろ」
「はい。なので本を読んで勉強しました。左馬刻さんみたいに美味しくできてるかは分からないんですけど……」
「なんで、このメニューにした?」
「え?だって、お好きでしょう?」

俺は1度も、撫香に好物の話なんてしたこと無かった。食べているのを見たら分かると言うが、毎日の食事から、俺が作るもの頼むもの全てを把握してそこから好きな物割り出すだとか。俺の為に、したこともない料理をするだとか。
どうしてこの女は無条件に俺に差し出すのだろうか。見返りなんて、物でしか返せないのに。
酒も料理も、全てが俺好みの味で何回も練習したのだろう。すっかり指を覆ってしまった絆創膏が物語っている。
美味いと言えば泣きそうな顔で笑うので無性に抱きしめてやりたくなった。

「どうして、俺にここまで尽くす?」
「え、だって、私には左馬刻さんしかいませんから」

それは分かり切った答え。
ジッポの扱いもすっかり慣れ、差し出されるのは綺麗に洗われた灰皿。
俺しかいないから、俺の為になんでも差し出す少女を前に、ああ、そういえば俺がそうさせたのだと今更ながらに思い出す。俺が全て奪って、俺が全て与え直した。なら俺が撫香にしてやる事なんて一つだけだ。

「お利口さんの撫香チャンには、ご褒美をやらねぇとなぁ?」

俺の傍にのみ存在意義を見出すのなら、俺の為に全てを捧げるのなら、一生求め続けてやればいい。




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