私達は朝に弱い。低血圧とか文字通りとかじゃなくて、生活の中心が夜だから。一限の授業が1番単位を取れるか分からなくて、チームの集まりも朝にはあまり行っている印象はない。左馬刻さんの、朝日に輝く白髪も綺麗だと思うけど、やっぱり夕日には勝てない。朝とはあまり相性がよろしくないのだ。
それはたまたま、Twitterで回ってきた記事だった。ヨコハマで一二を争うレベルのオシャレで高級なホテルが期間限定でモーニングをするというものだった。テーブルには花が飾られ、テラス席では海を一望できる。青を基調とした室内は左馬刻さんを彷彿とさせる。きっと、この空間に良く似合うのだろう。カメラアプリを起動して、エフェクトを漁る。この加工はよく映えるだろうな、とか。左馬刻さんだったらなんでも似合ってしまうんだと思うけど。珈琲は左馬刻さんが好んでいるけれど、滅多に飲まないメーカーだった。市場では手に入りにくいものだったはず。紅茶も、色々と試して私が美味しいなと思った名前が並んでいる。料理もどれも美味しそうで、手帳に書かれた日程と期間を照らし合わせたり、タンスの中の服を漁ってみたりする。あ、この前買った左馬刻さんのジャケット、室内の雰囲気に会いそうだな……テラスでもいいかも。なんて、気分はすっかりモーニングだ。なら、左馬刻さんの上下の服はどうしようかな、なんて考えたところで手が止まる。左馬刻さんは基本、こういう女の子が好きなところには行きたがらない。私とランチに行く時も、あまり乗り気ではないことは分かっている。職業柄、ヨコハマのことを把握しておくためにランチは外でとっている。私といるからオシャレなカフェやレストランに入れる。って言っていたけれど、やはり浮いているし居心地が悪いのだろう。煙草も吸えなくていつも落ち着きが無さそうだ。そんな左馬刻さんを誘ってもいいものだろうか。ただでさえ、朝が早いのに。
左馬刻さんが帰ってきても、ご飯の時も寝る時まで頭の中はずっとモーニングのことでいっぱいだった。記事と左馬刻さんを見比べてはどうしたものかと首を捻る。いっぱい良くしてもらってるのに、これ以上迷惑をかけたくないしわがままは言いたくない。
それでも、やっぱり、この空間にいる左馬刻さんが見たい。

「左馬刻さん」

血塗れで帰ってきたらしい左馬刻さんから、私が好きで使っているシャンプーの匂いがする。私が出迎えるよりも早くお風呂に行っていたから、きっとたくさんの人を殴って来たんだろう。何故だかこの人は私に血を見せたがらない。
ベッドがきしりと音を立てるのを無視して、左馬刻さんに伸し掛る。左馬刻さんの頭皮を撫でるように指を這わせ、煙草を口から抜き取ればおねだりの合図。ちゅっと軽いキスをすればうち太ももをいやらしく撫であげられる。ん。とお許しが出るまで言葉を発してはならない。

「モーニングにね、行きたいんです」
「……あ?」
「えっと、ここなんですけど……」

くっきりと眉間に皺が寄り、煙草は奪い返された。渡した携帯の画面を心底面倒臭そうに眺める姿を見るだけで心が折れそうだ。それで、と片眉が吊り上がるが既に諦めモード。

「ここにいる、左馬刻さんが見たいんです」
「なんだそれ」
「ほら、この前買ったジャケットとシャツとか、ピッタリじゃないですか?」
「……なんだその理由。……はあ。なら、この前買ったワンピース着ろよ?」
「え?」
「髪も……なんつったけ、編み込み?服も髪も何もかも全部、俺様が言ったもん身に付けるんだったら連れて行ってやるよ」
「……いつも、そうですよ?」
「あー、で、行くのか行かねぇのか」
「行きます!!」

なんて、よく分からないままあれよあれよと行くことが決まってしまった。左馬刻さんはどこか不機嫌で、二度とこの話題に触れるなと背中が語っている。
モーニングの開始までまだ日数はあり、その間にパンケーキのお店や可愛いカフェも一緒に行ってくれたけど、あそこまで不機嫌になることは無かった。
そして、当日。左馬刻さんは私がコーディネートした服を、私は左馬刻さんがコーディネートした服を身にまとって車に乗り込む。事前予約が必要だったため、扱いは宿泊客と一緒らしい。ホテルマンさんが車の鍵を預かって駐車場まで持って行ってくれた。

「撫香」

私を呼ぶ声はどこか怒気を孕んでいてよっぽどホテルのモーニングが気に食わないらしい。可愛らしいカフェの時はそんなに怒っていなかったのに。ごめんなさいと謝るような雰囲気でもなくて、強ばった身体を少し強引に抱き寄せられる。煙草の匂いがいつもよりキツくて、私が知らないところでも沢山吸っていたらしい。見つけた時はあんなに嬉しかったのに、今は何故あの記事を見つけてしまったのかと後悔するレベルだ。だれだ、あの記事を書いたのは。と、見知らぬ誰かへと怒りをぶつけるしかない。
下を向いて左馬刻さんに引かれるがままにエントランスへと進んでいく。そこで、何故だか既視感で目眩がした。忘れてはいけなかったことが、頭の中でぐるぐると回り出す。左馬刻さんの煙草の匂いと香水の匂いで肺がいっぱいになって、安心感で身体中が満たされる。ああ、そうだここは。見覚えのあるシャンデリア。あの時は眩しかったのに、今は優しく包み込むような光を放っている。

「左馬刻さん、ここって、」
「ちっ、やっぱ覚えてなかったか」
「だって、なんだか怒涛で、左馬刻さんの匂いと体温しか覚えてなくて」

視界が、霞む。そっと頬を撫でられ、溢れる涙が我慢できない。碧棺様と声を掛けられて受け取ったのはこのホテルのルームキー。そうだ、ここは、私がはじめて左馬刻さんに抱いてもらったホテルだ。

「あれ、ここのモーニング、スウィートルームのルームサービスと同じ内容を提供してるって」
「うるせぇな、とっとと行くぞ」

まるで、あの日の再現だ。1つ違うのは私たちの関係。 あの始まりの日をやり直しているかのようで、なんだか恥ずかしい。 見上げれば心なしか左馬刻さんの耳が赤くなっていて、ふふっと笑いが零れる。そっか、だからずっと機嫌が悪かったんですね。
私達は朝に弱い。夜を中心に生きているから。それでも、辛い過去をこうして幸せな思い出で塗り替えられるのなら、私たちの始まりをいつまでも覚えていられるのなら、早起きも悪くないですね。なんて朝日に輝く白髪を見ながら思った。




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