撫香は新しい靴を買い与えると直ぐに外を歩きたがる。減っていない踵で床を叩くのが好きらしい。コツコツと子気味いい音でリズムを刻みながら何処まででも行こうとする。そのまま俺の元から去って行く夢を見て飛び起きたのは記憶に新しい。嫌な汗をびっしりとかいて、隣で間抜け面をして寝ている撫香を力の限り抱き締めて再び目を閉じた。浅い眠りの中で赤に塗れながら撫香の足を切り落としていたので更に笑えない。
奥底に仕舞ったはずの欲望がここから出せとほくそ笑んでいる。撫香ならそれを喜んで受け入れると耳元で囁いている。
自由を根こそぎ奪うなんてこと、したくないはずなのに。

「左馬刻さん。荷物が届いてましたよ?」
「おー。開けていいぜ」
「?分かりました」

わざわざ俺の前で開封する様は獲物を仕留めてきて主人に褒められるのを待っている猫そのものだ。
がさがさと紙の摺れる音に紛れてこれ、と小さな囁きが聞こえた。信じられなとでも言うように青い瞳がみつめてくる。

「どうして、」
「この前のテスト頑張ってたご褒美だ」
「そんな、私、左馬刻さんに褒めて貰えたらいいだけなのに、こんな、」

踵にリボンの遇われたヒールを取り出してするりと頬を寄せる。俺だけにする仕草を見て、青にして正解だったなと1人頷く。もし仮にあれが赤だったなら、本来の目的を忘れてヒールをへし折っていた。

「履いてみろよ」
「じゃあ雑誌か何か持ってきますね」
「別にいいだろ、そこで」
「お行儀悪いですよ?」
「早く履いて見せろっつってんだよ」
「はぁい」

こつり。真新しい踵でフローリングを鳴らす。
こつり。いつもより10cmほど高くなった視界によく分からない声を上げる。
どさり。バランスを見失って降ってきた細い身体。
やはり、これは俺の手元にあってこそだ。

「私には勿体ないぐらい素敵ですけど、これじゃ遠くには行けませんよ」
「……行かせねぇよ」
「へ?」

靴の分だけ重くなった身体を抱き上げる。隣に降ろせばいつもより近い所にある瞳がぐっと更に近付いた。どうやらまたバランスを崩したらしい。小さな声を上げてぎゅっと抱き着いてくる。この高さを履くことはないため慣れていないのだろう。真っ直ぐ立つことも儘ならないらしい。

「おら、そのまま捕まってろ」
「左馬刻さんが歩くのの邪魔になりません?」
「要らねぇ心配してんじゃねぇよ。ゆっくりだったら歩けるだろ」

いつもより歩幅を小さくして、いつもよりゆっくりと歩く。玄関までの短い距離をいつもの倍以上かけて歩いていく。

「これじゃあ、左馬刻さんなしでは歩けないですね」

そうなればいい。撫香が俺から離れて行かないのならなんでもする。なんでも使う。
買い与えた足枷を嵌めて、俺の世界だけを歩いていけばいい。




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