私がこの店に入った時、そこにはある女性がいた。
私の前の店主。私の師となる人。
「貴女の願いはなぁに?」
私は彼女に願った、居場所がほしいと。
親も兄弟もいない、親戚にも見放された私が生きていてもいい場所。
「なら、ここにいましょう?私の傍に」
ここで働くことは彼女に対する料金…対価。
ここにおいてもらう代わりに働くの。
彼女の助手を務めて、いろいろな事を教わったわ。
その時だけは私は一人じゃなかった。
ちゃんと居場所があった。存在していた。
そんな生活が1年以上続いたある日、彼女は私を呼び出して言ったの
「ねえ椎娜ちゃん。貴女はもうこの店を継ぐのに相応しい子よ…だから」
おやすみ
「それが彼女の最期の一言だったわ。彼女は砂になって…死んだ」
「…椎娜も死ぬのか?砂となって…死ぬ、のか?」
不安げに目を潤ませる梵天。
昨日今日で私の存在がどうして彼の中でそこまで大きくなったのか、分からない、分からない。
それでもこれが必然で、運命だというのなら。
「大丈夫よ」
そっと梵天の両頬を包み込む。
「彼女は長い長い孤独の中で店に願ったの、死にたいと」
隻眼が、揺れる。
「でも私は違う…私はね、この店の外に出るの。私を外に連れ出そうとする誰かを…待っているのよ」
抱きしめた小さな体は思っていた以上にか細い。
触れ合う右目でうずく闇を、この身で感じる。
じわじわと、梵天を蝕む闇。
きっと今も辛いだろうにそれを表に出さない。
「なら」
心優しい少年だと思った。
「俺が出してやる。ここから、椎娜を」
しっかりと前を見据える、竜の瞳をした少年。
久々に人の温もりを、優しさを感じた。
「待ってるわ」
何故だか
「梵天丸」
この子を
「うん!」
信じてみたくなった。
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