起きないと、そう思った。
今日は梵天が来る日、出迎えてあげないと。
感じるのは私以外の体温。
見下ろせば胸元には昨日見た少年。
ああ、そういえば。店に梵天が入ってくる気配がした。
それでも睡魔に勝てなくて、結局寝てしまったのか。
「梵天」
指通りのいい髪を梳き、名を呼ぶ。朝よ、おはよう。
「ん…、椎娜…?」
「ごめんなさいね、来た事は分かってたんだけど…」
目を擦る梵天の頭を撫でてやる。
いつぶりだろう、私以外の体温を感じるのは。
「大丈夫、おはよう…」
「ええ、おはよう」
きょろきょろと、梵天は寝室内を見回す。
ベッド、クローゼット、テーブル…何もかもが見たことのない異国のものなんだろう。梵天の目がキラキラと輝いている。
「椎娜」
「ん?」
「俺は知りたい。俺の知らないことを」
子供特有の好奇心だろうか。
「店のこと、それに椎娜のこと」
それとも、
「私のことも?」
「ああ」
なら、
「教えましょう?私と、店のことを」
袖を通すのは、あえて現代の服。
首を傾げる梵天を洋風の装飾を施した部屋に通す。
梵天にとって異国のそれ。でも私にとっては馴染みのもの。
紅茶を出せばどうすればいいのか分からず、挙動不審になりかけているのをひたすら隠しているのがなんとも愛らしい。
私が飲めばそれを真似る。
母が子に教えるように。
そうしてゆっくりと覚えていけばいい。
「梵天、まず何が知りたい?」
「んー…まずは椎娜のこと!」
「そう…じゃあまず第一に、私はこの世界の人間じゃないわ」
「…"世界"?」
「梵天が知らないモノがたくさんある世界。私はそこに居たの。時だけ言うとここより500年ほど未来」
「未来…」
私が17歳のこの店に出逢った。見付けた。
「見付けた…?ここは椎娜の店じゃないのか?」
「確かに私は店の店主だけど、この店に入れる者を決めるのは私じゃない」
"この店よ"
願いがあるものだけが、この店が見定めたものだけが入れる。
店主なんてただの肩書にすぎない。
「じゃあ、俺がここに入れたのも…?」
「ええ、でもね梵天。貴方は特別よ?」
「俺が、特別?」
「店が梵天のためだけに形を変えた。こんなことは今までになかったわ」
「俺は、特別…?」
ええ、そうよ。
だからそんなに悲しそうな瞳をしないで。
愛に飢えた可愛らしい少年。
店が梵天を入れた。
ならば私はそれに従うまで。
店が梵天を受け入れ続ける限り私も貴方を受け入れるわ。
「さあ、続きを話しましょう?」
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