Night Blindness
08



―――午後9時17分 寮・玄関前―――

「新しいメンバーはどう?」

数年前から地球寒冷化が進み日本の四季も区別がつかなくなった。
最近では特に夜が冷え込むようになり、その気温は真冬のそれと等しい。
温暖化と呼ばれた時期が恋しい。
そう言いたくなるほど寒冷化は深刻だった。

いそいそとカーデガンを着る琉那に自分の黒のマフラーを巻いてやる。
まるで仲の良い恋人のようだ。

「サキにいい報告が出来そうだ」

ちゅっと頭に軽い口付けを落としてやれば、微かに琉那の纏う雰囲気が柔らかくなった。

しかし、それも一瞬の事。

「…連邦の動きは?」

きゅっと気を引き締め、姿勢を正し、漆原を見据えると彼もすぐに大統領の顔へと戻った。

「今はまだ動きはないようだ…だが、」
「だが?」

意味深に言葉を切った漆原を怪訝そうに見る。
眉を寄せてはいるが、その瞳は漆原の後の言葉を楽しみにし、きらきらと輝いている。

―――まるで子供のように

「プトロンが数体足りないようだ」

その一言で琉那の体が面白いぐらいに跳ね、プトロンと聞いて更に目を輝かせた。

「…また、お前達に働いてもらわないといけないな」

申し訳なさそうに眉を下げた漆原の、その大きな体をぎゅっと抱きしめる。

生徒会が働く…つまりは休戦前と同じ、"ジュミニ"の様なチームをもう一度組織するということ。

「別に、それが嫌だとは思わない、苦に感じない


―――逆に、嬉しいの」



自分の耳元でそう囁いた少女の体を引き離し、見据える。

琉那とは長い付き合いだ、彼女がどんな存在かも理解している、この台詞ももう何回も聞いた、が、
何回聞いても良い気はしない。

そして琉那にこんな台詞を言わせている自分にも腹が立つ。





―――我が子のように可愛がり、育ててきた琉那にこんな台詞を言わせる…俺は…なんて、無力なんだ。






「そんな顔しないで」

無意識のうちに握りしめていたらしい右手を取り、琉那はそれをゆっくりと開かせると自分の頬に当て、愛おしそうに擦り寄った。




「だって、それが私の存在意義」



――キキッ

二人の後ろに漆原を迎えに来た車が止まった。
まだ何か言いたそうにしている漆原にマフラーを巻いてやり、もう一度抱きついた後、ゆっくりと離れた。

「サキさんによろしく」
「…あぁ」

漆原を乗せた車はゆっくりと発進し、寮の門へと向かって行った。

「それにね、ウルたん」

琉那は一人、車が走って行った方向を見ながら呟く。

「人を殺し、プトロンを殺す事でしか生きていけない…だって、そうしないと私は生きている理由を無くすから」

彼女の呟きは闇の中に消えていき、誰の耳にも届く事はなかった。




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