Night Blindness
05



―――午後6時半 310号室・幸村の部屋―――

「ちょっと旦那!それはそこじゃないって!」

パタパタと机をはたきながら叫ぶ佐助。

幸村の部屋では頭に迷彩柄のバンダナを巻いた佐助がオカンパワーを発揮していた。

「む、それはすまぬ。どのへんだ?」

窓を拭き、床を拭き、幸村によって運ばれたテーブルを拭いたり…など、佐助が何人も飛びまわっているように見える。
目の錯覚なのか、残像なのかよく分からないが、幸村はその間を縫って佐助に指示された場所に物を置いていく。

暫くすると徐々に赤色の家具が増え、なんだか暑苦しい部屋になった。
幸村らしい部屋…と言った方がいいだろうか。

「佐助!これはもうここに置いても良いか?」
「あーっちょっと待って!今からそこ掃くから」

「………仲良しだね―」

「「…っ?!」」

突然背後から聞こえた、声。
驚いた二人が同時に振り向くと、そこには笑顔で手を振る疾風がいた。

「お、おぉ…疾風殿。何か用でござるか?」
「もーガジョって呼んでって言ったじゃーん」

おおそうであったなと、疾風が突然背後に現れた事を忘れたかのように、にこやかに話す。

が、佐助は背中を何やら冷たい物が垂れて行くのを感じた。

…今、完全に気配なかったよね。

鍵は俺様が旦那の部屋に入った時にちゃんと閉めたし。
片付けをしている時も、気を抜いた瞬間なんて一度もない。
周囲への警戒は怠らなかったはず…なのに。

疾風は音もたてず、俺に気付かれずに部屋に入って来た…。

何あの子…怖いんだけど…。

「佐助!夕餉の時間らしいぞ!」
「…今行くー」

佐助の思考を遮り、部屋に響く幸村の声。
それに返事を返した佐助は大まかに片づけを済まし、ギャーギャーと騒ぎながら廊下を歩く二人を追いかける。
鋭い眼差しで、疾風の背中を見ながら―――

「一体何者…?」

―――午後7時・Aルーム―――

三人が部屋に着いた時には、既に全員席に着いていた。

特に席は決まっていないようで、早く来た者から好きな場所に座っていた。
佐助と幸村も開いている席に座る。

「あぁ、全員揃ったのか」

奥から出てきた琉那は丁寧な動作で皿を置いていく。



―――プルルル



と、女性陣が配膳しているなか、鳴り響いたのは部屋に置かれている黒電話の音。

「今出まーす」

パタパタと雅弥が駆け寄り、電話に出る。

嬉しそうに話す雅弥に集まる、視線。
どうやら生徒会の仕事と関係や揉め事などではないようだ。

「雅弥、誰からだったんだ?」
「何、元親ー気になるの?」
「その気持ち悪い顔やめろ。普通ここにいる全員、気になるだろ」
「気持ち悪いとか失礼な…総理大臣様が今から来るってー」

ぴたり、と四人の動きが止まった。

何故この国topの人間が来るのにそんな悠長で居られるんだ?
そもそも大統領は何しにくるの?
名古屋と大阪って…そんなに簡単に移動できる距離じゃねぇだろ。
…お腹空いたでござる。

と、様々な疑問が彼等の頭の中を駆け巡る中。
テキパキと季羅と楓が総理大臣…漆原の分の皿を用意しだした。

「…Hey,どういう事だ。説明しやがれ」
「簡単な事だよ〜」

楓は、不機嫌オーラ全開な政宗に怖じ気づく事無くナイフとフォークを並べていく。
軽く睨んでみても全く気にしない…と言うか、眼中に入れていない様にも見える。

「ウルたんは自分が創ったチームをただ見たいだけなんだよ〜。」
「それにあの人、多くて月に二回は夕食を食べにくるしな」

うさ子が磨いたグラスを季羅が置いて、準備は完了した。

「…暇人じゃねえのかい、それ」
「そうかもな」

元親の呟きに頷いた琉那の顔は何処となく嬉しそうだった。


―――数十分後―――

―――ピンポーン

「はいはーい!」
「あ!レニちゃん抜け駆けとかずるい!」
「レニちゃんもガジョも待って!」

バタバタと、絡みあう様にして出て行った三人。

「…一体何事でござるか…あれは」
「日常茶飯事だから気にするな」
「いやいや琉那ちゃん、気になるよ」

気にしたら負けだ、と琉那が微笑みながら言うがそういう訳にもいかない。

あの三人が大統領に懐いているという事実はこの際どうでもいい。
それよりも気になるのは総理大臣…漆原 恭耶がここに来た本来の目的だ。

一時期、倒れかけた日本をここまで持ち直したのは漆原だ。
そんな男が仲良く食卓を囲みに来たというのはおかしい。

絶対何かある。

「すまない、遅れた」

ガチャリと扉が開く音がし、そちらに顔を向けると雅弥に手を引かれながら漆原が入って来た。

いつも着ている黒のスーツ姿ではなく、ラフな私服姿だ。

「いらっしゃい」

琉那がそう言いながら漆原の元へ歩いて行く。
季羅も同様で、うさ子は異常なほど耳を振り回している。

「レニちゃん抜け駆け〜」
「楓、ずるい!!」

バターン!!と勢いよく扉を開け放った楓が漆原に抱きつき、そんな楓を疾風が引き離そうとする。
…まるで子供のおもちゃの取り合いだ。

そんな二人に微笑みかけた漆原は二人を軽く抱きしめた後、順番に頭を撫でてやった。
えへへーと、満足気に微笑む二人にもう一度微笑み。
琉那、雅弥、季羅、うさ子と四人も同様に頭を撫でてやる。

…季羅の頭を撫でる時はフードの中に手を入れていたのを見る限りではうさ子を撫でて2人分という訳にはいかないようだ。

「…厳つい顔した大統領が優しそうに微笑んで頭撫でてるよ…」
「明日あたり隕石でも落ちて来るんじゃねぇの?」

長めの黒髪をオールバックにし、眉間には深々と刻まれた皺…。
ぱっと見そっち系に見える男が口元を緩め、自分に群がる子供の頭を撫でているのだ。

元親がそう言うのも無理はない。

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