「毎日同じ日常の繰り返し…人生ってなんて平凡で退屈なんだろう!」

「………?」

「キミ、ずっとそう思ってただろ。」



春。入学式からひと月ほど過ぎ、新生活独特のぎこちなさをようやく感じなくなってきた一年生たちは、交友の輪を広げようと積極的に言葉を交わし合う。そんな折に私に声をかけてきたのは、黒髪の似合う端正な顔に聡明さを気取った笑みを貼り付けた、線の細い男だった。


──オリハラ
イザヤ


知らない名ではなかった。それは決して彼に関する悪い噂を耳にしていたからではなく、ただ単に自分と同じ中学からこの高校に進学したことを知っていたからである。しかし、現在も同じクラスであり更には席が隣であるというのに、なぜか私は折原と一度も口をきいたことがなかった。今になって思えば、頭のどこかで理解していたのかもしれない。この男と関わってはいけない、と。



「…急にどうしたの、折原くん。」

「図星でしょ?」



よくリアクションの薄さを指摘される私だが、この時ばかりは大きく目を見開いてしまった。初めて言葉を交わした男に奇妙な推測を押し付けられた上、その推測が的を射ていたのだから驚いて当然。確かに私は思っていた。くだらない日常、誰でもいいからこの平和惚けした世界をぶち壊してくれと──ほんの数日前までは。



「今は、そんなこと思ってないよ。」



入学式の一週間後に両親が事故で死んでから、私は自分の願望がいかに愚かなものであるかを理解したのだ。平凡から逃れるという願いは叶ったが、壊れたのは世界ではなく、ちっぽけな私の幸せだった。家族の存在なんて、当たり前すぎて感謝すらしたことがなかったけれど、本当はもっと大切にしなくてはいけなかった。悲しいことに、全てを失ってはじめて自分が幸福であったことに気付いたのだ。



「だから今は思ってないよ。平凡な毎日がくだらないなんて。」



断言して彼から視線を外す。折原はどうしてあんなことを訊いたのだろう。かつての私はそんなに退屈そうな顔をしていただろうか。既に会話は終わったものだと思い机に伏せようとしたとき、予想外に返ってきた折原の言葉に、私は身を硬くした。



「君はまだ不幸になっちゃいない。今だって変わらず幸福だ。」



なんのつもりで言っているのかはわからない。ただ、親を亡くして間もない人間への慰めにしては些か配慮が足りないものであることだけは理解できた。僅かに怒りが込み上げるのと同時に、何か嫌な予感を感じ取って掌が湿った。今の私が、幸せ?



「だってまだ、根本的な幸福の要素は失ってないじゃないか。」

「…幸福の要素?なんなの、それ。」



汗ばんだ私の手を握って笑いながら話す。相手を見下しているような、だけど慈しむような、そんな目だ。



「知りたい?」



その問いかけに、何故だか折原に対する怒りも不信感も消えて、縋るような思いで頷いていた。今の私が幸せだというのなら、それに気付いていない私はまた同じことを繰り返してしまう。失ってから絶望するのはもう嫌だった。焦燥。握られた手に力を込めて、赤い瞳を見つめる。



「本当の不幸を目の当たりにしたとき、君は全ての幸福を理解する。俺が教えてあげるよ、みょうじさん。」