薬を嗅がされて気を失った天馬は、顔を横に向けた姿勢で目を開けた。
暗くじめじめした漆喰の壁が小さな蝋燭一本で照らされ、映った影が炎で揺らいで見える。
体が動かないのは金縛りだろうか。硬い床に押し付けられたような重さが肩と体全体にかかっている。
ただでさえうだるような暑さの中、何枚も重ねた着物がより鬱陶しい。
横たわった自分の影は着物のため普段と形が違ってまるで別人だが、その上に、もうひとつ人影がある。
華奢な体型と長い髪からして女と思われる。
着物を着たその何者かが屈みこみ、両手で自分の肩を押さえているのがはっきりと壁に映し出されている。
天馬は直感的に、怪談でよくある夏の盛りの幽霊にそっくりだと思った。
児童用の絵本に載っていた昔話の幽霊の挿絵はしばしば、
障子や襖の部屋にまず影だけ浮かび上がらせて人間を怖がらせる。
不可視のものでも存在を信じる傾向がある天馬は、幽霊などいるはずがないと納得してすませる思考の持ち主ではない。
恨みを残した女の霊魂か、生き霊か……
何にせよろくなものではないに違いない。
幽霊の撃退法など知らないが、目を合わせてはいけない気がした。
天馬は目を閉じ、忌まわしい金縛りが解かれるのを待った。

「あれぇ? 天馬さん、どうしちゃったんですかぁ? 怖がっちゃって可愛いぃ」
語尾を上げた独特の喋り方には心当たりがあった。恐る恐る声の主に目を向けると、
深紅の着物をまとったベータが不敵な笑みをたたえて天馬に跨っていた。
何をするかわからないという意味においてたちが悪く、幽霊と同じくらいろくでもない相手である。
自分に体重をかけているのが誰かわかった途端顔を強張らせた天馬を、ベータは満足げに見下ろしてくる。
「お前は……!?ここはどこだ!」
天馬はベータをどかそうとしたが、ベータの腕の力が想像より遥かに強く感じる。
「抵抗は無駄だと思いますよぉ。思うように力が入らない薬を嗅がせちゃいましたから」
「俺に何をするつもりだ!」
語調を厳しくしてもベータは動じない。それどころか怒りの形相の天馬を見つめて微笑んでいる。
「ここは白鹿組のアジト。私たちが楽しむのにぴったりのところですぅ♪」
人攫いの頭になりすましたベータと、壁がところどころ剥がれたアウトローの溜まり場は
ほとんど違和感なく馴染んでいるが、天馬にとってはすぐに逃げ出したいほど居心地のよくない場所だった。


「放せ! お前みたいな奴と楽しむ事なんかない!」
「いいんですかぁ? そんな事言っちゃって」
ベータは片手の指でそっと天馬の唇に触れ、ふにふにした感触を愉しんでいる様子だった。
そしておもむろに手を天馬の喉元に押し込んだ。
「う"ぇっ」
急激に押し寄せた嘔吐感と、生理的反応で出てくる涙。ベータは苦しむ天馬を嘲笑うように言った。
「あらごめんなさぁい。憎まれ口を叩く子は、いじめたくなっちゃうんですぅ。えへ♪」
天馬の不快指数は閾値を超えていた。
しかしベータに対して言葉で応戦することはこれ以上出来なさそうだった。
吐き気をなんとか堪えたが、今の状況に体が警告を発している。
心臓が早鐘を打っている。
村人が滅多に寄り付きそうにない荒くれ者の拠点は薄気味悪いほど静かで、
しかもベータに至近距離まで詰め寄られている。緊張状態であることを察知されるのは避けたいはずなのに、
よりによってこんな時に、だった。ベータは顔を天馬の胸にゆっくりと近づけてくる。

心臓の音を聞かれてしまう……!天馬はそう思ったが、ベータは天馬の着物の帯を解きながら
胸元の黄色の布地を口でくわえた。端正に着こなしていた着物が胸から肌蹴られていく。
やめろ、と口から出かかったのをベータは見透かしたようだった。
「やめてほしいですか? 恥ずかしいですかぁ?」
天馬はいつになく慎重だった。何と言えばベータはやめてくれるのか見当がつかない以上、黙るしかなかった。
ベータが唇を天馬の耳元から、下方向に這わせてくる。まるで男が女にする前戯のように。
ベータの動きは普段の口調と同じく、当たりはやわらかく優しい。しかし天馬には
真綿で首を絞められるように恐ろしく感じた。天井の木目を眺めて気を紛らわせようとした。


ベータは唇を移動させながら、天馬の着物を徐々に脱がせてくる。袖に腕が通ったままであるが、
天馬の上半身はもうさらけ出されてしまった。
腰から上を見せることなど恥ずかしくないはずなのに、ベータの脱がせ方のせいで天馬は
自分の上半身がいやらしいもののように思えてきた。目を合わせるとその気持ちまでベータに知られそうで、
天馬は目をかたく閉じた。
ベータの顔が天馬の胸まで到達し、唇で小さな乳首をはさんできた。
心もとない感覚が頭に何かの信号を送ってくる。憎い相手と二人きりでいることとも、
さきほどの嘔吐感とも別種の不快感。すぐに消えるだろうと思ったその感覚は、ベータが
天馬の乳首を唇で転がすように弄ぶほど、消えるどころか濃度を増してくる。
口から息を吐くと体全体にもどかしさが拡散した。
ベータは指先で乳首をはじいたりつまんだりしてくる。
くすぐったさに近いと思った。しかし緩やかに立ちのぼってくる別の何かが、
天馬の上半身を少しずつ波打たせていた。意識せずに乳首を自らベータに突き出す形となる。
「感じちゃってるんですかぁ?」
親指の腹で天馬の乳首を撫でながら、ベータの赤紫色の目は少し潤んで妖しく光っていた。

菊の模様が染め抜かれた紅の着物の帯を、ベータは器用に片手で解いていった。
着物の前から、屈んだ白い太腿が覗く。
「ふふ♪ 今から私、あなたのおちんちんに触れずに立たせてあげちゃいます」
「な……」
ベータに言われると、妙に恥ずかしい単語に聞こえた。当のベータは胸に巻いたさらしを
ためらいもなくほどいて床に落とした。筋肉も膨らみも目立たない平らな胸だが、
くびれた腰が流線形を描いて真っ直ぐに伸びた足に続いている。
そこまで脱ぐと、ベータは紅い着物を肩から羽織ったまま天馬の上に覆いかぶさってきた。
ベータが体を少し浮かせているので、天馬の目のすぐ上にベータのほとんど裸の体がある。
紅い着物に白い肌、さらにベータはこの時代にそぐわない真っ黒なハイレグカットの下着をつけている。
色仕掛けなどで陥落する自分でいたくない。天馬のそんなプライドもむなしく、
若い幹はベータの裸身に否応なく反応して袴の股間を高く盛りあげた。


ベータは天馬の手を取り、自らの秘芯を覆う下着に触れさせた。
絹のような肌触りで光沢のある薄い布である。その向こうに女の秘部があることをいやでも
意識するほど熱をもち、かすかに湿っている。ベータは天馬の手を自分でゆっくりと動かしながら、
自分の腰の位置を調節した。
ベータの開いた足の間に、掌を上にした自分の指先が弱く、弱く当たって動く。
天馬は自分から何もしていないのに、結果的にベータの女芯をなぞり、その性感帯を
擦っているのである。
ベータの下着から天馬の指へ、透明な液が下りてきた。布を通してではあるが、その部位の形が
少しずつわかってくる。脚の付け根の中心部に深い窪みがあり、そこが水瓶のように液体を流している。
ベータは顔から全身を赤く火照らせ、細い眉を少し歪めて恥ずかしそうな顔にうつむいている。
腰を天馬の指に徐々に強く押しつけ、時折鈴の鳴るようなか細い声で短く喘ぐ。
いつもしたり顔で天馬たちをいたぶるベータの意外な姿だった。

天馬の袴は勃ち上がった器官に押し上げられ、ベータの言った通り、触れられずに完全に勃起してしまった。
「やっぱり立っちゃうなんて……天馬さんは悪い子ね♪」
ベータは天馬の袴に手をかけてずらし、硬くなった幹を露出させた。
舐めるような視線に天馬は表情で抵抗しようとしていたが、体は意志に関係なくベータ相手に交わる態勢を
整えている。剥けきった亀頭は涎を垂らし、雄の器官であることを主張する。
気持ちが体についていかず、恥ずかしさで全身を染めた。
ついにベータの先細りの指が天馬自身へと伸びてくる。ピンク色の亀頭に指先で軽く触れられるだけで、
背中から首筋まで電流が走る。漏れそうになる声を堪えた。
快感に身をまかせつつあることは、もう天馬本人も自覚していた。
それがベータにもたらされていることが悔しくてたまらず歯を食いしばる天馬の指を、
ベータは下着の横から直に秘肉へ入り込ませた。


想像以上に弾力のある其処には柔らかい毛が薄く生えており、天馬の指は粘液で滑って一気に
ベータの中に吸い込まれた。ベータは天馬の手をつかんで襞の奥まで触れさせ、目を伏せながら
その手を小刻みに往復させた。多量に溢れていた液がかき混ぜられて淫らな音を立て、
深い吐息に甘い声が混じる。快楽に濡れた両目を半開きにしたベータは片手で天馬の肉棒を握り、
有無をいわさず上下に扱きだした。
これまでにない射精感が尿道口まで精液を集めて噴出させた。
天馬は視覚的興奮のため数十秒ともたずに放ってしまったのである。
ベータの手と、太腿までずらされた青い袴に精液が飛び散っている。
「うふ、早いですねぇ♪」
ベータは間髪入れずに天馬の射精したばかりの器官を手慣れた様子で愛撫しはじめた。
裏筋から雁まで丁寧かつ大胆な動作で扱き上げ、一度射精して縮んだ天馬の幹はすぐに回復した。
「私もイキたいの。いいでしょ?」

そう言った時、ベータは既に天馬の猛りを自分の中心部に差し込むように腰を下ろしていた。
濡れた器官同士が深く合わさっていき、天馬は自分自身を初めて雌の柔肉で満たしたことになる。
複雑にうごめく貝の内部に浸されたような恍惚感が、理性をとろけさせていく。
ベータが腰を動かして抜き差しを繰り返しながら、天馬の様子を見て自分の内部を筋力で引き絞ってくる。
眉を大きく歪めて泣きそうな顔で悶えるベータを見つめながら、天馬はかつて体験した事のない甘い感覚の中にいた。
心臓の音は速く、呼吸も苦しいのに体は宙に浮き上がりそうに快楽を訴える。
横にずらされた黒い下着の隙間から見える相手の肉は、天馬の陰茎にからみついて吸い付く唇のように
なまめかしく収縮を繰り返している。

腰をいっそう深く沈ませるベータが、ひときわ甲高い声をあげる。
「ひあああんっ☆そこいいっ、そこですぅ♪あっ、私いっちゃう、すぐいっちゃいますうぅぅぅっ!」
村人の寄り付かなさそうな荒くれ者の拠点の小屋とはいえ、ここまで大きな声を出すのはまずいのではないか。
天馬はベータの口を手のひらで押さえた。ベータの声が小さくなった分、自分の吐息が大きく聞こえた。
互いの体液が混ざり合って透明だったものが白く見え、機械のパーツのように組み合った粘膜同士が
まるで粘液を垂らす作業であるかのように規則正しく猥褻な音を響かせる。
ベータが天井を仰いで乱れる髪も気にせず、体を弓なりに反らせると天馬の上に倒れこんだ。
天馬がベータの中で再び精を放つのとほぼ同時だった。


「汗がいいにおいですねぇ」
自分から動いていたわけではないが、疲労感で目を閉じていた天馬はその一言で目を開けた。
赤い着物をかけたベータが自分の胸に顔を近づけて心地よさそうにしていた。
天馬はようやく我に返る。自分たちにとって敵であるベータ相手に、自分は興奮し、痴態を演じて
しまったのである。苦虫を噛みつぶしたような顔の天馬にベータは言った。
「天馬さん、すっごく気持ちよくなっちゃってましたねぇ♪」
「そんなことない!早く離れろ!」
「まあ、冷たい」
さっきまでの行為が嘘のように天馬は態度を頑なにし、ベータも笑みで天馬を挑発する。
両者の間に緊張が走った。体を許せば気を許してしまうという怠惰な心理状態には、天馬とベータは
陥っていなかった。
「だったら、今度はもっと喘いでもらっちゃおっかなぁ、私の男の子で」
ベータは部下のことを自分の男の子と言っているのだろうかと天馬は思った。
小屋の入り口に目をやるが、男がいる気配はない。ベータは着物を床に落とし、体液で濡れた下着も脱いで裸になった。
天馬は驚きに声をあげそうになった。下着で隠されていた淡い茂みに、親指ほどの……
男にしかないはずの器官にそっくりのものがある。
陰嚢らしきものは見当たらない。言葉を失っている天馬に、ベータは誇らしげに言った。
「私が得意とする『ダブルショット』。その意味を考えた事がありますかぁ?」

ダブルショットは、ベータが高く上げた足を振り下ろしてボールを赤と青の二つに分裂させ、
空中で両方同時に蹴るというものである。
「私の感情が高ぶった時、目が赤い色から青い色に変わっちゃうのは気づいてますよねぇ?」
天馬の周りの人間がその言葉を口にすることはないが、ベータは二重人格のようだというのは薄々感じていた。
しかし天馬はどこかで聞いた事がある。二重人格とは、心の中に自分とは別の人格を作り出すことであると。
ベータはそこまでの変化ではなく、口調が変わっただけのように思える。
「私は女の子であって、同時に男の子でもあるんですよぉ♪」
ベータは天馬をベータの「男の子」に触れさせた。感触が自分のものとどう違うのかと、
ほんの少しだけ触ってみることにした。力を入れずに先端からひとたび撫でると、熱を内側に蓄えていたそれは
細身の体に不釣合いなほど太さと長さを増し、重力に逆らって上を向いて10cmを超える大きさになった。
言った通り目の色が青紫色に変化したベータは、裸で堂々と立ち、男のような話し方になって言い放った。
「理解したか? 大人しくさっさと俺に犯されな!」


ベータは天馬の太腿までずり下げた袴を、完全に足から抜き取った。下半身には足袋だけになった天馬の
両足を開かせて持ち上げ、菊門から射精したてで小さくなった陰茎までを完全に曝け出させた。
「あっベータ!いやだっ……その格好だけは、お願い…」
あまりにも屈辱的な体勢に、強気な態度はもう保っていられなかった。天馬は羞恥に消え入りたくなる。
日頃から性的ないたずらの的にされやすい天馬にとって、羞恥とは地雷原である。一度その方向に
感情が振りきれると、過去に味わった同じ思いが一挙に溢れ出してくる。
歯止めがきかなくなる暴走装置、と言い換えてもよかった。天馬が我を忘れるほどの快楽を感じる時、
いつだってそれは、気が遠くなりそうなほどの恥ずかしさと引き換えにやってくる。
大股開きの上に顔まで至近距離でベータに見られている。

ベータの舌先が天馬の肛門の入り口に当たる。脳が快感を予測して天馬の目を細めさせた。しかしベータは
口元をいったん天馬の太腿に移動させ、尻穴の方向までゆっくりと舐めてくる。
こんなにも恥ずかしい格好をしているのに、と歯がゆくなる。ベータの舌が再び尻穴の近くまで来る。
期待だけで昂ぶる天馬の吐息をよそに、ベータはまた舌を戻す。
次もおあずけかと思われた。しかしベータは突然、天馬の肛門入り口に当てた舌先を小刻みに動かした。
「ああっ!!」
驚きと喘ぎ、その両方を含んだ声が出ていた。
我慢を強いられた状態から、急な快感までの落差は大きかった。
体をずらしたベータは、天馬の穴の中に立ち上がった自分のものを挿入する。天馬の喘ぎは1オクターヴ上がり、
止まらない悲鳴となって喉の奥から出続ける。
ベータが肉茎で天馬の前立腺を刺激し、天馬はまた反射的に勃起した。こうであってほしくないのに、と
自分の反応への戸惑いがさらなる羞恥となって天馬を責め立てる。
「声がでかい奴の口をふさぐのは、こうやるんだ」
少し浮かせていた体を遠慮なく天馬にあずけて体重をかけたベータは、近づいた唇で天馬の口をふさぐ。

尻を犯され、硬くなった竿の裏筋はベータの腹で擦れ、ついに唇まで明け渡してしまった。
見開いた目から涙が流れる。その量からして、自分への悲しさ悔しさよりも、体が感じる歓喜によってである。
天馬は連続で快楽の彼方を見た。射精が終わっても、愉悦が全身を打ち震えさせ続けていたのだった。

# # #

天馬が小さな自我喪失から覚めると、もうベータはいなかった。
相変わらずその場所は白鹿組の薄暗い小屋で、力が入らなかった天馬の体は元に戻っていた。
自分が出したはずの体液や汗の匂いもまったく漂っていない。
記憶は確かである。天馬は首をかしげた。
「本当に幽霊だった、なんてことはないよな……?」
肌蹴た着物を着なおした天馬は、小屋から出て自分たちが泊まる根城へと歩き出した。
その耳を撫でるような声がどこかから届く。
「スフィアデバイスで、あなたの前も後ろも初めてに戻しておきましたぁ。
また何度でも頂いちゃいますぅ。逃げられませんよぉ♪♪」

蝉がけたたましく鳴く、夏の白昼。
暑さで汗をかいていた天馬の背筋を、寒気が走りぬけたのは言うまでもない。








 
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