ラピードのいない一日*後編
「……」
その目に勝てず、リタはそこで言葉をやめた。
「ユーリ、ラピードを苛めたんじゃありません?」
「苛めてねぇよ」
「ホントです?」
「ああ」
「絶対に、です?」
「ああ。苛めてない」
エステルはにこりと微笑んで、思い切り空気を吸い込んだ。
「フレンー!」
「どうしたんですか、エステリーゼ様!!」
「早っ! つーか、何でここに?」
帝都にいるはずのフレンが、息一つ乱さずにこの場に現れた。
エステルは何も言わずに、じっとフレンを見つめる。
「ユーリ、本当に嘘ついていないよね?」
「今の会話してたのかよ」
「嘘、ついてないよね?」
「……ああ」
すっかり存在を忘れ去られている気がする三人。
「リタっちー。おっさん、そろそろ帰りたいんだけどー」
「何で、あたしに言うのよ」
「だってさー」
「勝手に帰ると、怒られそうだよね」
カロルの言葉にレイヴンは激しく頷いた。
「てか、誰もラピードとジュディスを見てないの?」
「おっさんが最後に見たのは、朝食後……かねぇ」
レイヴンは顎に手を当て、天井を睨む。
そして、まだ新しい記憶を辿った。
「確か、入口――」
「散歩とかじゃないの」
「あたしもソレだと思う。だいたい、ラピードもジュディスも子どもじゃないし、一人になりたい時があるんじゃないの?」
「だよねー」
レイヴンを華麗に遮ったリタとカロルが納得した。
何かを訴えてくる視線を無視して、二人はジュースを飲み始めた。
そんな三人の側では、ユーリ達がまだ盛り上がっている。
「だから、オレは」
「ワンッ!」
「何の話かって? それは……」
顔を向ければ、そこにラピードがいた。
彼の後ろにはジュディスも。
「賑やかね。何の話で盛り上がっているのかしら」
「ジュディ」
「ラピード、会いたかったですー!」
エステルが飛びつこうとしたが、ラピードはそれを避けた。
まだ仲良くする気はないらしい。
「大丈夫ですか、エステリーゼ様!!」
「痛かったです……」
「お怪我は!? それより回復を!! いえ、まずは」
誰かフレンの暴走を止めろよ、と他人事のようにユーリはカロル達を見た。
が、それはユーリの役目でしょ、といくつもの視線に睨まれた。
「フレン、落ち着け。あと、エステルも」
「君はいつから、エステリーゼ様をついでにできるくらい偉くなったの?」
「ついでってワケじゃ……」
「ユーリは、わたしよりフレンが好きなんです?」
「エステル、何の話だよ」
「それで、一体何の話をしていたの?」
二人に詰め寄られるユーリを助けたのは、そんなジュディスの言葉。
「ラピードのことです」
「ラピード?」
「ユーリがラピードを苛めたから家出した、と」
「……メモ、見なかった?」
ジュディスがそう言えば、エステルは例のナプキンを取り出した。
「探さないでくださいって書いてありました」
「……それ、今朝食堂に入り込んだ野良猫の物よね」
暫く沈黙続いた。
ジュディスは困ったように肩を竦めて、それを言った。
「私が言ったのは、部屋のテーブルに置いたメモよ。『ラピードと散歩してくる』って書いてあったでしょ?」
再び訪れた沈黙。
嫌な空気が纏わりつく。
「えと、みんな揃ったので、お茶にしません?」
「そうね」
「私は帰ります。エステリーゼ様、何かあればいつでも呼んでください」
「分かりました。ありがとうございます」
フレンは丁寧に頭を下げ、足早に帰って行った。
のんびりするはずの一日が、ものすごく疲れるものになってしまった。
E N D
2009/01/26
移動 2011/02/01