オヤジの悩み*後編
「ジェー坊、ワレ喧嘩売っちょるんか!」
「まさか、モーゼスさんが「喧嘩」と漢字で発音するとは」
いつものことだが、ジェイとモーゼスの追いかけっこが始まった。
運動するには狭い室内を走り回る二人。
「少し静かにしろ!」
「クッちゃん……」
「クロエさん……」
剣を構えたクロエ。
ジェイとモーゼスの動きがぴたりと止まった。
「クロエ、どうしたんだ? モーゼスとジェイの喧嘩は、いつものことだろ?」
「クーリッジは黙っていてくれ」
「はい……」
いつもと違うクロエの様子に、それ以上何も言えなかった。
「ここは、お姉さんに任せて〜」
グリューネはクロエとセネルの間を通り、ウィルに近づいた。
「ウィルちゃん。最年長さんがみんなを困らせちゃダメよぉ?」
「フッ……年増」
「!!!」
全身を走る悪寒。
空気が冷たい。
吐く息が白く見える気がする。
ノーマの時よりも数段冷たい空気。
「お姉さん、本気で怒っちゃうわよ」
いつもの微笑みが確実に怒りに変わっている。
「グリューネさん!」
彼女を止めようと叫んだ。
「邪魔する悪い子も一緒にお仕置しちゃうから」
全員が自分の身を守るために、3メートル程下がった。
グリューネには勝てる気がしない。
「嬢ちゃん。シャボン娘の時みたいに……」
「嫌です」
「そんなこと言わんと一発……」
「断ります」
「嬢ちゃんの爪術で……」
「だ・ま・れ」
「すみませんでした!!」
メルネスの睨みに耐えられず、モーゼスは素直に頭を下げた。
これから何が始まるのか。
嫌なドキドキを抑え、仲間たちはこの後の展開を見守った。
「虚空を真似し揺らぎある檻よ、解放への楔を打ち――」
「ビッグバン!!」
グリューネが発動しようとしたネガティブブレードをビッグバンで掻き消した。
「……ウィル、意外と元気だな」
「本当だな」
意外とのんびり成り行きを見守るメンバー達。
「ねえ、今なら話が聞けるんじゃない?」
「だったら、ノーマさ……」
「ジェイ(さん/ジェージェー)お願い(します)」
全員が気味悪い程にっこり微笑んだ。
「……分かりましたよ」
この状況を何とかしたいのは確かだ。
ジェイは焦げた床を踏まないようウィルに近づいた。
「あの、ウィルさん」
「……」
「話聞いてもらえますか」
「……」
「何でぼくの時だけ完全無視なんですか!」
子供が拗ねるかのようにそっぽ向いているウィル。
ジェイの話は聞きたくないらしい。
「パパ?」
ジェイが武器を手に本気で殴りかかろうとした時、ハリエットが帰ってきた。
「ハリエットー!!」
周りにいたグリューネとジェイ、他のメンバー達を突き飛ばし、ウィルはハリエットを抱きしめた。
「暑苦しい。早く離れてよ」
「……はい」
あのウィルを……と全員がハリエットを尊敬の眼差しで見た。
「さすが、親子」
「ああ、親子だな」
「なぁ、ハリエット」
「なぁに、セネルくん」
ウィルを一発殴った後で、返事をした。
「一体、ウィルに何があったんだ?」
「ずっと様子がおかしかったのだが」
セネルとクロエの言葉を聞いて、ハリエットは考えた。
暫く考えた後で笑った。
「何となーく、心当たりあるかな」
「それは何ですか?」
突き飛ばされた際にぶつけた腰を撫でつつ、ジェイが尋ねた。
「えーっと……」
言いにくそうに目をそらす少女。
「一体何言ったのー? あのウィルっちが、あそこまで暗くなってるし」
「ほうじゃのう。ワイには見当つかんのじゃが」
「えとね、昨日ちょっとケンカしたんだよね」
親子喧嘩などそう珍しくない。
たとえ、一般的な家庭を遥かに超えるモノだったとしても。
「それで、どうしたの?」
いつものシャーリィに戻った彼女が尋ねた。
「ちょーっとムカついたから、『駆け落ちしてやるー!!』って叫んだ。だけ」
「・・・・・」
黙り込んでしまった。
誰も口を開こうとしない。
「この年で駆け落ちなんかするワケないのに、パパってバカよね」
にこにこと笑いながら、同意を求めるハリエット。
だが、それに頷くことができなかった。
「ハリエット〜!!」
「うるさい。近寄るな!」
小さな少女は現在反抗期……?
セネル達はレイナード家の家庭事情に首を突っ込まぬよう、その場で解散した。
『オヤジの悩み』は、まだ暫く解決しそうにない。
E N D
2007/05/26
移動 2011/02/01