恋愛感染経路
 気付いた時には、もう手遅れで。
 それが心地よく思えてしまったなら、治る見込みは全くないのだろう。



 未だ夢の中に残る意識を浮上させようと、緩くかぶりを振る。眼鏡を外している所為で視界はぼやけているが、人物の所在が判らない程ではない。
 だが、机に上体を臥したまま辺りに視線を巡らせても一向に思い当たった姿は見当たらず、甥がテレビに噛り付いている様子を確認しただけだった。
 気の所為か、と再度眠りに落ち掛けた矢先、同じ声が耳に届く。

「───先生。ボクは、貴方の事が好きなんです」
「…………は?」

 今何か、物凄い台詞が聞こえた気がする。
 望が居眠りしていた此処は、間借りしている宿直室だ。
 つまり、学校敷地内。
 さっき確認した際、室内に姿が無かったという事はこの声は廊下から聞こえたものだろう。
 誰に聞かれるとも知れぬ公共の場で、生徒が教師に愛の告白。声から察するに、想いを告げたのは天才ストーリーテラーと名高い、基本的には優秀で真面目な少年。受け持ち生徒の思い掛けないスキャンダルに、望は完全に目を覚ました。
 まさか彼に限って、あぁでも年上とか好きそうな気がするし、なら相手は智恵先生だろうか等と詮無き事を考える。

「いやいやいや。待て待て待て」

 自らの思考に突っ込みを入れる。他人の恋情など、何処に向いていても望には関係の無い話だ。それに、興味本位に暴き立てる事ではない。
 意識を切り替えようと、変な体勢で寝ていた所為で凝り固まった体を伸ばし背を反らした。そして、視界に映ったのは。

「え?」

 闇夜を照らす、鮮やかな真円の月。
 白と黒のコントラストが物語るのは、日没から可也の時間が経っているという事実だった。トロイメライも既に流れ、恐らく校内には不下校少女以外の姿は無い。ならば、さっきの声は何だったのだろうか。

「あれ?」
「……ノゾム。さっきから怖いんだけど」

 居眠りから起きたかと思えば、何事かを呟きだし外を見ては動きを止める。
 普段から奇抜な行動を取る相手だと解っていても、望の一連の行動は幼い子供には恐怖の対象となっていた。

「怖……。交、お前は一度目上に対する敬意と言うものを学んだ方が良さそうですね」

 眼鏡を掛けじとりと相手を見遣るが、既に交の興味は望から離れテレビへと戻っていた。
 画面の中では、幾人かの俳優が懸命に演技をしている。その中に、交が最近気に入っている女性タレントの姿があった。
 演技は素人同然なのか、たどたどしさは拭えないが、持ち前の可愛らしさで充分フォロー出来ている。
 そう言えば、生徒達の間でも話題になっていたな、とストーリーに注意を向けた。
 一話完結式のこのドラマは、都内の學園を舞台にオムニバス形式で構成されているらしい。今回は、交お気に入りのタレントが主役を張る話だった。
 新任教師が、図書室でのハプニングを機に受け持ち生徒と禁断の恋に落ちるという、あまりにもベタな展開。凡庸な話でも、役者さえ揃えていれば視聴率が取れるという典型的なドラマだった。
 何時の間にか物語は終盤に差し掛かり、テーマソングをバックにタレントの顔が大写しにされていた。そして、彼女に迫る生徒役の少年。



『何度でも言います。……ボクは、先生が好きなんです』



「あ」

 少年の台詞を聞いた途端、望の疑問は一気に解けた。
 生徒役の少年の声が、自らが受け持つ生徒の声に酷似しているのだ。画面を認識している今でも、彼が話しているのかと錯覚してしまう程に似ている。

「……ドラマの台詞でしたか」

 思わず、言葉が漏れる。その際、落胆とも安堵とも付かない溜め息も漏れた事を、望は自覚していなかった。




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