明けない空
※《遺跡》崩壊後



 どちらから、なんて覚えていない。
 気が付いた時には二人してベッドに倒れ込み、唇を合わせていた。
 最初は啄むように。それから、互いを貪るキスを。
 呼吸すら奪い合い、何度も繰り返す。

「……ん……んう……」

 月明かりだけが差し込む、静寂に満ちた空間を破り濡れた音が鼓膜に届いた。
 その音の発生源が俺と皆守だという事実に、未だ実感が涌いて来ない。
 親友だと思っている奴と、一体何をしているのだろう。
 《遺跡》を出た後、如何しても一発殴りたかった俺は、怪我を理由に、阿門から事後作業引き上げを早々と言い渡された皆守を追い掛けこの部屋に来た。
 全力で殴り付けれれば、それで良かった筈だ。
 何で―――何で、俺は拒む事が出来ないで居るのだろう。

「……九龍」

 微かな甘さを含んだ声音で、皆守が俺の名前を低く囁く。
 初めて聞く音に、鼓動がひとつ跳ねた。
 今なら引き返せる。
 只の戯れ、気の迷いだと言い訳する事が出来るのに。
 頭の奥から投げ掛けられる言葉に従わず、再び重ねられた唇に今度は自分から舌を差し入れた。それに気を良くしたのか、皆守が更に絡め取ろうと俺を強く吸い上げる。
 痛みに似た快楽が、麻痺を起こした神経を侵して行く。

「……ッ!」

 突然の感覚に、ビクリと背が震えた。何時の間にか下肢に伸ばされた手が服の上から性器を撫で上げたからだ。
 遠ざかり掛けていた意識を引き寄せ、行為を止めさせようと必死に抵抗を試みる。
 これ以上は、本気で引き返せなくなってしまう。
 だが、皆守は微かな抵抗を物ともせず半ば勃ち上がった其処をゆるりと撫で、その手で器用にベルトのバックルを外した。
 直接触れる肌の感覚に、本能的に逃げを打つが押さえ込まれそれも儘成らない。
 こんな技、何処で身に付けたんだよコイツ。
 初めは探るようなものだった手付きが、段々と激しさを増し俺を追い詰める。同じ性を持つのだから、何処を如何すればイイかなんて見当は付け易い。それは解っているが、親友にされている現状に多大な恥ずかしさとそれなりの悔しさが生まれる。
 
「―――ッ」
「なんだ。イっちまったのか」
「こ……の。アホ……ッ」

 まさかこんなにアッサリとイかされると思っていなかった所為か、可也顔が熱い。呼吸も荒く悪態を吐く俺に、皆守は僅かな笑みを見せた。笑いながら、濡れた手が再び性器を擦り上げる。達したばかりの敏感な其処は、直ぐに熱を再燃させた。

「……皆か、み……ッ。洒落に……ならねぇだろ……ッ」
「―――洒落にする気はねぇよ」
「え……?」

 何を言っているのか解らず、俺は呆然と皆守を見上げた。
 煽る手を止め、皆守が触れるだけのキスを落としてくる。

「何……で……」
「こんだけされてて聞くのか、お前は」

 俺の肩口に項垂れ、皆守が深い溜息を吐いた。
 この行為の根源に在る物など、予想は容易く付く。ただ一人にだけ向けられる筈の、その想いの名。
 聞きたい。
 だけど、聞きたくない言葉。
 未だあの女(ひと)を想っている癖に。それなのに、その口でそれを言うのか?

「―――好きだ。抱きたいと思う位にな」
「随分と直接的だな」
「遠回しで通じる相手ならそうするさ。だがお前には通じない、というか逃げるだろ」
「んな事は……」
「無いって言えるか?」

 真剣な面持ちで真直ぐ見詰めてくる目に息を飲む。殴ろうと思う事態が無ければ、何も言わず立ち去る積もりだった俺に答えれる訳が無い。
 答えあぐね黙り込む俺を映す皆守の目に、影が落ちた。

「まぁ、嫌なら止めるさ」

 浮かぶのは、柔らかで静かな微笑。
 此処でその顔を見せるのは……卑怯だ。
 別れを告げた時と同じ、総てを諦めたような一種達観した表情。
 また失うのか、と俺の背に恐怖が走った。
 失いたくないから、手に入れたくなかったのに。

「……卑怯者。アロマカレー馬鹿。音痴」
「段々関係無くなってないか?」
「五月蝿い。これだけで済んでるのを有り難く思いやがれ」

 皆守の背に腕を廻し強く抱き締める。
 それが、俺の答えだった。





 ***************






 深夜の月は白く、辺りを静かに照らしていた。
 行方不明とされていた者達を隠蔽していた墓は《生徒会》により掘り起こされ、今はもうその役目を終えていた。
 唯一、墓名の無い墓を残して。
 此処に眠る人は、身寄りが無い為に今後もこの墓地で管理されるのだと聞いた。學園を去る前に、俺は如何しても一度会っておきたかったのだ。
 会って、何がしたい訳でもない。
 今、墓石を前にしても俺の胸に感慨は涌かなかった。まぁ、知らない人なんだから当たり前なんだけど。

「取り敢えず……初めまして、だよな」

 一応の挨拶を口にする。自分でも間抜けだと思わなくも無いが、それ以外思い付かなかったのだから仕方無い。
 当然、墓石は何も返さない。この墓はただ、何時までも皆守を此処に縛り付けるだけだ。
 アイツは、もう二度とこの人を忘れる事は無いと俺は感じていた。阿門に記憶を預けていた時でさえ、あの香りを求め傍に置いていたのだから。
 思考を振り払おうと空を仰ぎ見る。
 何時だったか、ハンター仲間の一人が人の心は空と同じだと言っていた。
 漆黒に覆われた深い闇でさえ、たった一つの陽で澄み渡る事が出来る、と。
 吹く風の匂いに、屋上での会話を思い出す。
 次の任地が決まったと告げた時、皆守は「待つ」と言った。だから、「絶対に戻って来い」とも。

「……無理だろ」

 吐き捨てるように小さく呟く。
 卒業式迄なんて短い期間に戻れる訳が無い。第一、仮に仕事が終わっていたとしても俺自身に戻る気は全く無かった。
 陽に成れなかった俺に、皆守の闇は払えない。
 再度、墓に視線を戻す。
 あの時、《遺跡》の底で殺されていれば。
 《解放》を望まなければ。
 貴女のように傷となれば、彼を手に入れられた?
 あまりもの下らない考えに自嘲を漏らした。小さく息を吐き、小さな鞄だけを手にその場を後にする。
 最後に、長いような、短いような数ヶ月を過ごした寮を振り返った。
 今の時間なら、彼は未だ眠りの中にあるに違いない。

「バイバイ、甲太郎」

 軽い口調で別れを告げ、一度も振り返る事無く俺は天香を離れた。








 朝は、未だ訪れそうに無かった。




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