必要不可欠
※雪燐前提の雪+メフィ



 本日最後の講義が終わり、人の気配が薄れた祓魔塾の廊下を雪男は一人で歩いていた。その両腕には、一人で持つには少々苦しいと言っても良いほどの荷物が課せられている。
 塾での授業、特に雪男が担当している悪魔薬学では使う道具の量が半端ではなかった。薬草の説明だけなら、見本さえあれば良いが調合実習となるとそうもいかない。
 基本的に、使用する道具は生徒に用意させていたが、今回使った道具は少々特殊だった為に塾にある備品を雪男が用意したのだった。
 もうすぐで備品室に辿り着くという刹那、扉の前に一つの影を見付けた。サーカスから抜け出してきたのか、と錯覚しそうになる奇抜な格好。
 それが彼なりの正装だと知った時に、雪男はこの学園の制服規定が緩い原因を悟った。

「フェレス卿」
「お疲れさまです、奥村先生。少々話したい事がありまして」
「此処で……ですか」

 扉の前から動こうとしないメフィストに、思わず不満が漏れる。
 雪男の手には、未だに大量の荷物が乗っているのだ。いくら常日頃から鍛えているとはいえ、好い加減に腕に疲れが出てきている。
 欲を言えば、荷物を置いてから話をしたい所だが、恐らく言っても無駄だろう。雪男は胸中で嘆息すると、落とさないよう荷物を持つ腕に力を込めた。

「なに、時間は取らせませんよ。旧男子寮―――あなた方兄弟が住む場所に関してです」

 意味深な溜めを作り、一枚の紙を雪男に見せる。幾つかの数字が書かれた紙の上部には、『旧男子寮・光熱費概要』とあった。
 入寮した月から、先月までの使用量がこと細かに記載されている。

「で、こちらが今月の請求書です」

 どこから取り出したのか、メフィストの手にもう一枚の紙が重なる。先月まで纏められた先程の紙と違い、一月分しか記載されていない紙の方が余程重要らしい。

「……高いんですよ」
「……高いですね」

 記載されている金額は、他の月に比べ割高になっていた。
 紙をひらひら振りながら、急激に上がった光熱費に不信を覚え、確認に来たのだとメフィストが嘯く。
 その言葉を聞いた途端、充分な心当たりがある雪男は誤魔化すように殊更柔和な笑顔を浮かべた。

「……夏ですから」
「ほう」
「汗もかきますし、兄さんがベタベタするのを嫌がるんです」
「……敢えて、『何』でベタベタするのかは聞かない方が賢明なのでしょうね」

 メフィストが明後日の方向を向き、小さく呟く。暫くの沈黙の後、今後高くつく事があれば請求しますよ、と言い残し、二枚の紙を雪男の荷物の上に置き立ち去っていった。
 残された雪男は、備品室に入り、荷物を片付けながら請求書を目の端に捉えた状態で考え込んでいた。
 ただでさえ道具の補充などの諸出費が多いのに、これ以上の出費が増えては適わない。
 候補生である兄に収入は見込めない以上、言われたように光熱費を削減するしかない。
 その為には、風呂に入る回数を一回に纏めてしまえば良いのではないか、と暴論が頭を過る。
 兄に我慢して貰うか、いっそ風呂に入る前に手を出すか。
 当人には「先ず手を出すな」と言われそうだとも思ったが、それは片付け終わった荷物と共に思考の外に放り投げたのだった。






   終




- - - - - - - - - -

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -