夕暮れに手を繋ぐ
※幼少双子



 いつも感じていたのは、手から伝わる確かな温もり。
 どんな時も、どんな相手からも守ってくれていた手は、自分と同じ大きさの筈なのに、僕の目には神父さんの手のようにとても大きく映っていた。



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 荒い息を整えようと、雪男は人気のない路地に入り込むと壁に背を付けてしゃがみ込んだ。
 本当は、こんな遠くまで来るつもりはなかった。いつも苛めてくる上級生が、虫の居所でも悪かったのか、逃げる雪男を執拗に追いかけてきたからだ。

「……もう、大丈夫かな……」 

 追いかけられる分だけ遠くに逃げようとしている内に、修道院から大分離れたところまで来てしまっている。上級生は途中で諦めたのか、十数分経っても姿を見せる事はなかった。
 ふ、と息を吐き辺りを見回す。
 無我夢中で走っていたが、幸いにも此処は養父に何回か連れてきて貰った図書館に程近い場所だった。来た回数こそ多くはないが、道順は完璧に覚えている。
 立ち上がり、記憶を頼りに帰路に着こうとした途端、雪男の足は止まった。
 通らなければならない場所に、普通には見えない、だが雪男は嫌と言う程に見てきたものを見付けたからだ。
 悪魔と呼ばれるそれは、祓魔師である養父からすれば気に止める必要もない位に弱々しいものだった。しかし、ただ見えるだけの子供には充分な恐怖の対象となる。
 帰りたいのに、帰れない。
 迎えを待とうにも、此処に雪男が居る事は修道院の誰も知らないだろう。
 陽が暮れ、薄闇が広がる中ずっと動けないままなのか、と考えると自然に涙が零れた。
 ぼろぼろ流れる涙を拭うことなく、膝をきつく抱える。
 恐怖に押し潰されるかと思った時、雪男の耳が聞き慣れた声を捉えた。

「ゆきお!だいじょうぶか!?」
「にい……さん……?」

 顔を上げると、こちらに向かい必死に走ってくる兄が目に入った。喧嘩でもしていたのか、顔や体のあちこちに擦り傷を負っている。
 燐は雪男に駆け寄ると、ぺたぺたと触りながら弟の顔を覗き込んだ。

「雪男、怪我は?」
「僕はない、けど。兄さんが」
「ん?あぁ、こんなモンは怪我のうちに入らねぇよ。舐めときゃ治る」

 にかっと笑い、雪男の顔から手を離す。次に燐の手が伸ばされた先は、膝を抱えたままの雪男の手だった。

「あんま遅くなるとジジィがうるせーし、帰ろうぜ」
「で、でも……」

 言い淀み、先ほど燐がやってきた方向に目を向ける。見えない燐にとっては、変哲もない路地。
 なんかあるのか、と尋ねられても答えない弟に焦れたのか、燐は雪男の手を掴むと強制的に立ち上がらせた。
 同じ高さにある目を見つめ、真剣な面持ちで口を開く。

「お前が何を怖がってるのか知らないけど、俺がぜったい守るから」

 掴まれたままの手に、雪男はぎゅっと力が入るのを感じた。
 兄が居れば怖くない。
 雪男は燐の手を握り直すと、悪魔が潜む路地へ足を向けたのだった。






   終



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6歳か7歳くらい。
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