ねこのきもち
※クリア後設定


 
 人間万事、塞翁が馬。
 一寸先は闇。
 棚から牡丹餅(間違えてます)。
 少しばかり油断が過ぎたのだろうと、悔やんでも後の祭り。
 後悔先に立たずとは、昔の人も上手い事を言ったものだと感心する。
 思わず現実逃避をしかけたが、目の前の現実が変わる訳が無く。だが、まさかこの《遺跡》でこんな目に遭うとは、この場に居る誰もが予測も想像もしていなかったのだった。



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 『敵影消滅。敵戦力低下』

 機械で合成された女性の声が、銃声と人非ざる者達の悲鳴が響き渡るフロアに微かに流れる。H.A.N.Tと呼ばれる機械のナビゲーションは、所持者の優位を的確に伝えていた。あと数分の内に、この戦闘は終結を迎える。
 皆守はそれを聞き取ると、凭れていた壁から身を起こした。アロマをひとつ吸い、九龍の傍らに立つ黒衣の青年を視界に捉える。
 JADEと名乗った青年は、どうやら九龍が武器を仕入れている先の店主らしい。
 二十代半ばにしか思えない容姿の上に、全然忍んでいない忍び装束。寧ろ悪目立ちだろう、と皆守は始めて見た時から常々思っていた。如何考えても胡散臭い事この上無いが、何故だか九龍は彼を信頼している。

「……だりぃ」

 絶え間無く襲い掛かる睡魔を押し退け《夜遊び》に付き合ってやっているというのに、何で邪魔な存在が居るんだ。
 苛々する感情を抑え込もうと、再度アロマの香りに浸る。
 久々に《遺跡》の中で味わうラベンダーは、変わらず精神を落ち着かせる効果を発揮───しなかった。
 JADEが、さっきよりも九龍に近付いたからだ。
 あの《遺跡》崩壊後、後日調査によって未踏破地区があると判り一度學園を去った九龍が戻って来た時、皆守は初めて己の気持ちに気付いた。
 護りたいと思っていたのは、決して親友に対する友情や裏切りの罪悪感から派生したモノではない、と。
 皆守は恋情を意識した日から───傍から見るとかなり以前から───九龍に近付く全ての者に敵意を抱いていた。
 アレは単なる取引相手。武器や弾薬の補充係りに過ぎないと自身に言い聞かせ目を閉じる。

 「……九龍君ッ!」

 途端、耳に飛び込んできたのはJADEの切羽詰まった声。
 ハッとし視線を九龍に向けると、化人の凶刃が彼に届きかねない位置にまで差し迫っていた。

 「九龍ッ!」

 考える間も無く、咄嗟に駆け寄り手を伸ばす。九龍をその背に庇った刹那、皆守の意識は混濁に飲まれた。





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 意識を取り戻し、先ず目に入ったのは白い世界だった。
 薄ぼんやりとする頭を働かせようとかぶりを振る。その際、視界を覆っていたのが白い布であると解った。巨大な布なんか持って来た覚えも、誰かが持って来ていた覚えも無い。この布は一体何処から出て来たんだ。
 重力に従い落ちた布の先に見えるのは、化人の消えた静かな部屋。殲滅出来ている事に安堵を覚えたが、何処か違和感を感じる。
 先程よりも部屋を広く感じてしまうのは、化人が消えた事と、只単にまだ意識がはっきりしていない所為だろう。

 (……九龍は!?)

 勢い良く辺りを見回し、その姿を確認する。
 皆守が必死に守ろうとした者は、ぱっと見た所怪我などは負っていない様だった。が、その表情は今迄見たことが無い程の驚愕に彩られている。隣に佇むJADEは、怪訝そうな、それでいて笑いを堪えた顔をしていた。
 というか。
 明らかに自分に比べ人物比率がおかしい。万一、頭を強打していたとしても標準的な人間が自らより数倍の大きさに見える訳がないだろう。
 兎に角、気を失っている間に何が起きたのか聞こうと口を開いた時。

「にゃー」

 耳に届いたのは、場にそぐわない、此処に居るはずのない猫の鳴き声だった。

「にゃ!?……みにゃ!?」

 最初は九龍の着メロかと思ったが、音は如何考えても己の口から発せられている。
 高校生男子の猫語など、気持ち悪い事この上ない。
 多大なダメージと恐ろしいまでの吐き気に襲われながら九龍を見ると、驚愕は鳴りを潜め、目に輝きを纏っていく様子が良く解った。その光りに、僅かな既視感を覚える。
 
「……み」
「……?」
「皆守が猫ーッ!!!」

 叫びと共に、全身を九龍に抱き締められる。一寸嬉しい、なんて事は決して思っていない。
 それよりも。コイツは今、誰が何だって言った?
 頭を落ち着かせ、状況を判断しようと拘束されたまま再度辺りを見回す。
 代わり映えのしない《遺跡》に、似非臭い忍者。
 何故か満面の笑みを浮かべ、力一杯に抱き締めてくる《宝探し屋》。
 そして、脱ぎ捨てられた見慣れた制服と転がるアロマパイプ。
 そういや九龍のあの目は、校内に迷い込んだ犬猫を発見した時と全く同じだったと思い至る。

「………」

 考えたくない事象が脳裏を過ぎる。馬鹿げた怪談や御伽話じゃあるまいし、現実にそんなことが起きるなんて在り得る筈がない。
 たとえ九龍が大きく見えようと、耳が人間には有り得な位置にあろうとも、尻尾らしきモノがあろうとも!

「……って、余りの可愛さに目が眩んだけど!……皆守、もしかして正体は猫又?カレー星人は仮の姿だったのか!?」

 んな訳あるか、阿呆。
 だから普段から猫っぽかったのか!と勝手に納得する九龍に心で突っ込みを入れる。
 ずっと抱き締められている所為か、いい加減に呼吸が苦しい。抗議の意味を込め、皆守は纏わり付く手に爪を立てた。と言っても、軽く跡が残る程度だ。
 九龍はその意思を正確に汲み取ると、皆守の体を床に降ろした。何時の間に集めていたのか、JADEがその空いた手に綺麗に畳んだ制服を置く。

「しかし……また懐かしいモノに罹ったものだね」
「え。JADEさん、心当たりあるんですか!?」
「全く同じという訳では無いんだけどね」

 あの時は猫のみならず、蛙や猿になった者もいたな、と過去を懐かしむ風情でJADEが嘯く。どんな過去があるのか気に成るところだが、同種では無いとは言え、少しでも知識のある人間が居るのは救いだった。 
 九龍に簡単な説明をしながら、JADEがちらりと皆守を見る。猫化しているとはいえ人語を解しているらしく、小さな耳だけがJADEを向いていた。

「恐らく、あの化人の攻撃からして呪いである事は間違いないだろう」
「呪いって……コレが!?」
「《遺跡》の《気脈》がおかしいとは感じていたが……こうなるとは流石に予測してなかったよ。まぁ、治す手は無い事は無い」
「……何でそんなに曖昧なんですか……」
「ウチの店に呪いを解くアイテムは有るけど、効くとは限らないからね。それでも良いかい?」

 疑問の形を取っているが、効くと確信しているであろうJADEのはきはきとした声。何時の間に取り出したのか、電卓を片手に話を進める様は、一切負からんという商売人根性が窺い知れた。
 目元に笑みを浮かべるJADEとは対照的に、電卓を見る九龍の顔が引き攣る。この場は仕方が無いとして後で代金を払う気でいた皆守は、果たして自分に払える額なのか不安に襲われていた。
 無論、今現在そんなアイテムは持ち合わせて居る筈も無く本日の探索はあえなく中断となった。 


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