心の在処
※完→←直+りせ



 女の子の興味が向かう先は、ひとつだけでは無い。
 流行りの色を取り込んだ小物や、有名モデルが着用していたという可愛らしさを強調したスカート。
 美味しいと噂のスイーツに、お手軽に出来る自己磨きも忘れてはならない。
 女性としての生活を送ってこなかった直斗には、それら全てが理解し辛いものであったが、中でも一番理解出来ないのは、現在りせが必死になって読んでいる記事の内容だった。

「うぅ、今週の恋愛運最悪……」

 真剣に覗き込んでいた雑誌から顔を上げ、りせはがっくりと肩を落とした。気になったのか、りせの隣で昼食を摂っていた完二が雑誌を覗き込む。
 いつの頃からか、昼休みには一年生だけで集まり昼食を共にするようになっていた。天気が良い、という理由で、本日は屋上で弁当を囲んでいる。

「お前、何座なんだよ」
「双子座。もー!折角、週末は先輩とデートなのに!!」

 こんなんじゃ進展望めないじゃん、と天に向かい不満を口にするりせを尻目に、完二は先程のりせと同じように真剣に記事を読み耽っていた。
 りせとは対照的に、良い事でも書いていたのか完二の顔に喜色が浮かぶ。本人はそれを必死に抑えようとしているのだろうが、付き合いの長さの割には、深い間柄の二人には簡単に予測が付いた。

「完二が良いなんて納得いかないんだけど」
「ば、おま、良いなんて誰も言ってねぇだろうが!」
「ね。直斗は?」
「僕……ですか?」

 完二の反論を軽く聞き流し、傍観者に徹していた直斗に話を振る。突然向いた矛先に、直斗は何を聞かれているのか一瞬把握出来なかった。 

「だって、直斗だけ運勢見てないもん」

 りせが、さも見るのが当然だと直斗との距離を詰める。占いに興味は無かったが、りせの勢いに押され思わず星座を答えていた。

「牡牛座ですけど」
「えーと、牡牛座は―――って、直斗も運勢中々良いじゃない」
「そうなんですか?」
「うん。しかも『気になる人との急接近が!』だって。直斗は、誰か気になる人とか居ないの?」

 にやり、といった効果音が似合いそうな表情で、りせは再度直斗との距離を詰めた。同時に、完二が弁当箱を落とした音が二人の耳に届く。直斗は何事かと訊ねようとしたが、聞く前に当の本人から何でもないと答えられてしまった。
 折角、助けに船だと思ったのに。これでは、りせの質問に答えなければならない。
 気になる人、と言われ真っ先に思い付いたのは怪盗Xだったが、彼女が求める答えはこれではないだろう。
 りせが聞きたいのは、彼女が先輩に対し抱いている想いに似た感情が、直斗にあるかどうかだ。
 先輩に対しては、尊敬と友情の念は抱いているが、あくまでそれ以上でもそれ以下でもない。恐らく、これから先も変化する事はないだろう。
 次々に知り合いの顔を思い浮かべるが、いまいちピンと来ない。クラスメイトから始まり、身近な人間にまで及んだ辺りで直斗の思考は一旦活動を止めた。
 暫らく考え込んだまま発言しない直斗に、不安を覚えたりせが声を掛ける。

「え、まさか先輩とか言わないよね……?」
「先輩じゃないんです。……ただ、これは……」

 果たして、気になるという言葉が当て嵌まるのか、否か。
 疑問に感じたならば、此処に居るりせや完二に意見を聞けば良い。頭ではそう理解しているが、一方ではそれを否定していた。
 誰の事を言っているかなんて、直ぐにばれてしまうからだ。
 最初は、調査対象の一人でしかなかった。テレビの中で、自身の影が彼に放った言葉も嘘ではない。
 だが、彼を知る内に、イメージ通りの人間ではない事を知った。粗暴に見えて、実は人の機微に聡い人間だとも思った。
 りせに気付かれないように、こっそりとその向こうに居る本人を盗み見る。視線の先では、当人は何故か青白い顔をしていた。

「巽くん!?どうしたんですか?」
「な、何でもねぇよ!」
「何でもないって顔色じゃありませんよ!保健室に行った方が良いですって」

 強引に完二の腕を引き、立ち上がらせる。さっき弁当箱を落としたのは、気分が優れなかった所為に違いない。
 今触れている箇所でも、熱があるのか多少高くなっている気がする。

「すみません、久慈川さん。僕、巽くんを保健室に連れて行ってきます」
「りょうかーい。まぁ、別に体調不良って訳じゃないだろうから、平気だとは思うけどね。……良かったじゃん、完二」
「……?」

 これだけ顔色が悪くなっているのに、体調不良ではないと言い張るりせが、直斗には良く解らなかった。傍らにある完二の顔を見上げると、青白かった顔は赤く染まっている。
 兎に角、このまま屋上に居ても仕方がないと、直斗は完二を強引に保健室へ送り届けたのだった。







   終

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